第28話 お子様の取り扱い

 ――なんなんだろうな、こいつ。


 ギルベルトの腕に抱かれながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。


 まったくもって訳が分からない。自分を殺そうとした人間にこんなことするかね、普通。それともあれか、拘束ってやつか? にしては力が弱い気がするし、さりとて抜け出せない程度にはしっかり抱えられてるし、本当に、まったく、


「……わけわかんねえ」

「そうか」


 ぽんぽんと頭をたたかれた。ごく軽く、なでるように。俺がいつもエリックにしているように。


「……なにしてんの、おまえ」

「うん? いや、エリックが癇癪を起こしたときは、こうすると落ち着くんだが」

「五歳児と一緒にすんな」

「それは悪かった」


 するりと、髪を梳く指が頬をすべり、そのまま顎を持ち上げた。深い森の色の瞳が、間近で笑む。


「だが、おまえはときどき子どものような顔をするから」


 悪うございましたねえ、子どもっぽくて。それに比べて、あなた様はたいそう大人でいらっしゃいますこと。

 ああもう、本当にわけわかんねえ。悔しくて恥ずかしくて、それ以上になぜだか泣きたくなるような。


「……離せ」

「おまえが落ち着いたらな」


 だから、こうしている方が落ち着かねえの! わっかんないかなあ……て、もういいや。めんどくせえ。


 暴走気味の情緒を追いかけることを諦めて、俺はため息をついた。


「……何があったか、訊いてもいいか?」


 俺の髪をいじくりまわしながら、ギルベルトが尋ねる。


「まさか、またむしゃくしゃしてというわけでもないだろう」


 いや、そのまさかだよ。おまえの顔見てたらすげえむしゃくしゃして、衝動的にりたくなったんだわ。それでいいだろ。もうそういうことにしといてくれ。


「……あのさ」


 答える代わりに、俺は別の質問をギルベルトに投げた。


「おまえ、自分が偽者だって言われたらどうする」

「怒る」


 簡潔なお答えどうも。そりゃ普通はそうだよな。だけど、俺は怒ることもできないんだ。自分が本物じゃないことを、はじめから知っているから。


「最初は怒る。こちらの苦労を知ろうともせず、気楽な立場からよくもまあ好き勝手に言えるものだと。そのふざけた口を縫い合わせて、城壁から突き落としてやろうかと思う」


 ……えーと、ギルベルトさん? ご回答がやけに具体的かつ過激なんですが……これはあくまで例え話であって……


「次に落ち込む。私ごときがどう足掻いても、あの兄には敵わないのだと自分を責める。自棄になって酒に逃げる。女に逃げる。私を案じてくれる者にひどい態度をとって遠ざける」

「ギルベルト……」

「何もかもが嫌になって、ある日ひとりで城を抜け出す。頭を冷やして戻るつもりが、盗賊に襲われて死にかける」


 おっまえ、また家出したのかよ! そんでしっかり危ない目に遭ってんじゃねえか。少しは護衛の皆さんの気持ちを考えて行動を……


「そこで」


 俺が説教を始める前に、ギルベルトは言葉を継いだ。


「理想の魔王に出会う」




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