終章 今日も二人は森の中

第43話 今日も二人は森の中(一)

「久しぶりだな」


 という台詞とは裏腹に、じつはまったくお久しぶりではない皇帝を見るなり、俺は「げっ」とうめいた。


「おまえまた来たのかよ」

「来てはだめだったか?」

「いや、だめっつうか……」


 風が心地よい初夏の昼下がり。木陰でヘルガ特製の弁当を食べていた俺の隣に、ギルベルトは遠慮なく腰を下ろす。ついでに「美味そうだな」と弁当に手をのばしてくるあたり、無遠慮が過ぎるというか、ずうずうしいにもほどがある。


「仕事はいいのかよ。ちゃんとオレグさんの許可とって来たんだろうな」

「おまえのその、あれに対する気遣いは何なんだ?」


 いえ、側近の恐ろしさ……じゃなくて大変さなら、身に染みて知っていますので。

 少し離れたところでギルベルトの随行者たちをねぎらっているバラーシュと目が合いそうになって、俺はあわてて空を見上げた。

 雲ひとつない空はどこまでも青く澄んでいる。うん、今日も絶好の工事日和だ。


 勇者ハロルドと教団長ザカリウスをまとめて片づけ、俺とギルベルトがぶっ壊れた――というか俺がぶっ壊した――教団本部から這い出したのは、かれこれふた月前のこと。

 絵画から解放された仲間とともに、俺は魔王城の再建工事の真っ最中だった。


 教団本部での大暴れでぼろぼろになった体が多少元通りになったところで、俺はギルベルトに魔王城の再建費用を要求した。

 なにはなくとも、俺は皆に城を返さなくてはならなかったから。心ならずも俺自身が潰した、皆の家を。


 幸い、ギルベルトは気前よくその要求に応じてくれた上に、工事の助けになればと兵士や職人の一団も貸してくれた。

 最初は魔族と一緒に働くなんて、と尻込みしていた彼らも、今ではすっかり皆に馴染んでいる。


 特に兵士たちのゲイルに対する心酔ぶりはすさまじく、「一生団長についていきます!」と宣言する輩が続出している。ありがたいけど、あんたらの隊長の立場がないだろう……と心配してたら、当の隊長さんが「ゲイル団長のためなら死ねる」と真顔で言っててちょっと引いた。もとい、安心した。


 ちなみに、この工事では俺も立派な戦力になっている。いつかバラーシュに評されたように、俺の力は土木工事において大いに役立つのだ。

 これでバラーシュもちょっとは見直してくれるかと思いきや、この参謀は「まさしく、何とかとはさみは使いようですね」とうなずいていた。あいつの身には血の代わりに水銀でも流れてるんじゃないだろうか。冗談抜きでそう思う。

 

 なにはともあれ順調に進んでいる工事現場でただひとつ、難点を挙げるとすれば、俺の隣にいらっしゃる皇帝陛下の存在だった。


 なにしろこいつときたら、このふた月でもう三度も訪ねてきているのだ。そのたびは俺は周り――主に某参謀――に冷やかされてたまったもんじゃない。


「それで? 今日は何しにきたんだよ。報告なら手紙でいいって前も言っただろ」

「まあそう言わず」


 すました顔でギルベルトは俺の弁当をつまみ食いしている。

 こいつ、まさかヘルガの料理目当てで来ているんじゃないだろうな。いや、気持ちはわかるけどさ。魔王だろうが皇帝だろうが、うまい料理の前ではひとしく奴隷である。やっぱりヘルガが魔王城最強だな。


「教団長の尋問結果など、おいそれと手紙に書けないこともあるしな」

「あのジイさん何かしゃべった?」

「ああ、いろいろとな。叩けば叩くほど埃が出て、その裏取りに大忙しだ」


 他人事みたいに言うんじゃないよ。いちばん忙しいはずなのはおまえだろ。どうせ気の毒な補佐官さんに全部押しつけてきたんだろうけど。


「それから、ハロルドというかたり者のことだが……」

「あいつまだいるの?」


 先代魔王エリアスの言葉は正しかった。あの日、俺が突き立てた短剣は、エリアスのかつての仇敵だけを滅ぼし、鍛冶屋の息子には傷ひとつつけなかったのだから。

 気絶している間に牢獄にぶちこまれたハロルドは、たびかさなる尋問に対し、何も覚えていないの一点張りらしい。


 やつの処遇についてギルベルトは俺に意見を求めたが、俺としては鍛冶師の息子を咎めるつもりはなかった。

 やつが犯した罪といえば、せいぜい墓荒らしくらいなものだ。その盗品もまわりまわって俺たちのもとへ帰ってきたわけだし、もう釈放してやっていいんじゃないかとギルベルトに提案したのは、前回の訪問のときだ。


「それが、本人が牢から出たがらなくてな。なんでも毎日獄吏と縄で遊んでいるとか……」


 その情報は知りたくなかった。


「どうしたものだろうな」

「知らん」


 もう変態同士好きにやってくれ。俺は知らない。関わりたくない。


「そんなくだらないこと話しに来たのかよ」

「もちろん違う」


 ギルベルトは懐をさぐって白い封書をとりだした。


「おまえ宛てだ、ノア」


 純白の封書に押された封蝋の紋は百合の花。元皇妃アデルハイドの印章だった。


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