第44話 今日も二人は森の中(二)
「俺に?」
アデルからの手紙を受けとって首をかしげる俺に、ギルベルトは「招待状だ」と告げた。
「三日後に皇都で夏至祭りがあるのだが」
ああもうそんな時期か。そういえば、当初の予定ではこいつをぶっ刺すのは夏至祭りのときにと打ち合わせていたんだっけ。予定は未定とはよく言ったものだ。
「その晩に、義姉上の館でささやかな晩餐会が催される。晩餐会といっても大仰なものではない。親しい者を招いての食事会だ。そこにおまえもぜひ、と」
「……念のために訊くけど、それ本当に食事会なんだよな? 合同見合いの場とかじゃないよな」
「……心配するな。私も出席するから」
いや、それ答えになってないからね? そんな、被害は分かち合ってこそ、みたいな顔されたら心配しかないんですけど。
「互いに連れということにすれば、面倒ごとも避けられるだろう? おまえがいなくなってから、義姉上のおせっ……お気遣いが再燃して大変なんだ」
咳払いでごまかしても、ちゃんと聞こえていたからな。要するにおまえ、俺をアデルのお節介攻撃からの盾にしたいだけだろう。
「エリックもおまえに会いたがっていることだし」
うーん、エリックには俺も会いたいけど、
「義姉上も、おまえの衣装合わせをそれは楽しみにされている」
あの地獄にふたたび戻れと?
「……残念だけど今回は遠慮しておこうかと。ほら、俺も忙しいし? 今ここを離れるわけにも……」
「おまえの参謀はいつでも連れていっていいと言っていたが」
おい、バラーシュ。おまえ主を売りやがったな?
遠くにいた参謀をにらみつけやれば、珍しくにっこりと微笑み返された。
わあ、いい笑顔。そういやあいつ、昨日「もう少し予算を増額できませんかね」と首をひねっていたよな。さては俺を差し出して金をもぎ取ろうって魂胆か。
「そういうわけだから、ノア」
先に腰をあげたギルベルトが、俺に右手を差し出す。
「行くぞ」
「今から?」
「善は急げというだろう」
こいつの善悪の基準はどこにあるのか……なんてことを思いながら、俺は目の前の手とギルベルトの顔を見比べた。
いつかは問答無用で俺を引っ張り上げた手が、今は俺を待っている。
どうするかは俺次第。この手をとるもとらないも、決めるのは俺自身だ。
「わかったよ」
仕方ない、とため息をついて、俺はギルベルトの手をつかんだ。
どのみち、そろそろ顔を出そうとは思っていた。補償交渉はまだ途中だし、エリックの様子も確認したかったし。
あとは、俺がうなずいただけで馬鹿みたいに嬉しそうな顔をする、この奇特な皇帝のためというのも、少しはあるかもしれない。これが
「用事が終わったらすぐ帰るからな」
「そう言わず、ゆっくりしていってくれ」
立ち上がった俺の手をつかんだまま、ギルベルトはにやりと笑った。
「愛人契約の延長の相談もしたいことだし」
「そっちは破約だ」
つかまれた手を振りほどいて、俺は先に立って歩きだした。
後ろでギルベルトがなおもうるさく口説いているが、聞こえないふりを貫きとおす。いちいち耳を貸していたら、俺の忍耐がすり減ってたちどころに穴があく。
「なるほど、おまえは奥ゆかしいな。沈黙は合意ということで……」
「もう黙ってろよ、おまえはよ!」
わりとあっけなく忍耐の底をぶち抜かれて俺は叫んだ。
ふりむいた先で愉快そうに笑む瞳は深い緑。俺の新しい故郷の色だ。
その瞳をにらみつけて、俺は森の中を歩いた。初夏の陽光に目を細め、赤毛の皇帝と肩を並べて。
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