第40話 執着と横着

 先代魔王様の話を要約すると、つまりはこういうことだった。


 今から約五百年前、エリアスは魔王の地位をめぐってとある魔族と戦い、相討ちとなった。その時にエリアスが敵に突き立てた剣が、ハロルドが打ち直したという例の剣だったという。


 それだけならよくある話――と言ってはエリアスに失礼だろうが、王座をかけて戦った結果の相討ち、なんて話は珍しくもないからな。


 問題は、エリアスが相手の身を剣で貫いた際、そいつの魂の一部を剣にからめとってしまったことらしい。


「そんなことってあり得るのか?」

「普通はあり得ないのだが、実際あったのだから仕方ない。敵ながら、やつの執念は大したものだよ。魂が消滅を拒否して剣に乗り移ったのだから」

「へえ、つまりケーキを切ったナイフにクリームがこびりついたみたいな?」

「……わかりやすいが、あまり適切とは言えない例えだな」


 なんだよ、わかりやすけりゃいいじゃないか。 


「要は、私がやつを仕留め損ねたということだ。そのまま剣に囚われていてくれれば害もなかったのだが、どうもお節介な人間が現れてしまってね」


 お節介野郎こと鍛冶屋の息子、ハロルド。片田舎の鍛冶師が、どうしてまた魔王の廟なんぞを暴き、その剣に手をかけたのか。


 まあ、おおかた珍しい剣の逸話を耳にして鍛冶師魂がうずいたってところかな。でなければ、金に困って墓荒らしを思いついたとか。


「やつの魂が呼び寄せたのかもしれないな。五百年もたてば、あやつもそれなりに回復していたことだろうし。器になる人間を欲していたのだろう」

「クリームの分際でしつこいんだな」

「きみも大概しつこくないか?」


 とにかく、クリームもといエリアスの仇敵はまんまとハロルドの身体を奪い、教団長を手を組んで魔王城攻略に乗り出したというわけである。なんというか、それって本当に――


「……いい迷惑」

「まあそう言わず」


 ため息をついた俺をなだめるように、エリアスは微笑んだ。


 まったく、どこまでも他人事みたいな顔しやがって。


「で? これからどうすんだよ」

「知れたこと。今度こそやつを倒す」


 おお、そうこなくっちゃな。頑張ってくれよ、魔王様。


「というわけで、頼んだぞ」

「おいこらちょっと待て」


 思わず腰を浮かせたところで、俺は見事にすっ転んだ。


 あ、左足固めてた術が解けてやがる。無意識に体力回復を優先させていたらしい。


「いやあ、だって私はもう死んでいるようなものだからね。ほら、肉体もないだろう?」

「体はなくても力は使えてるよな!? てか、あんたが死人なら俺は怪我人! 怪我してる人間に全部押しつけるとか、横着にもほどがあんだろ」

「そうは言っても、私は元来横着なたちでねえ」 


 うわ腹たつな、こいつ。


「冗談はさておき」


 冗談に聞こえなかったけど、という俺のぼやきを無視して、エリアスは足を組み直した。


「いまの私では、やつをどうすることもできない。やはり体があるとないとでは大違いということだ。そこで、こうしてきみに頼んでいるというわけでね」


 ふん、つまり代理戦争ということか。先代魔王たちの争いに、俺とハロルドが駆り出されてると。


「返す返すもいい迷惑……」

「まあそう言ってくれるな。ここはひとつ、私ときみとの共同作戦ということで……」


 エリアスの持ちかけた共同作戦とやらの内容を聞いて、俺は首をかしげた。


「そう上手くいくかねえ」

「おやおや、私の後継者ともあろう者が、ずいぶんと弱気だな」

「後継者って……あのさ、今更で悪いんだけど、俺が魔王名乗ってたの、あれ成り行きなんだよ」


 成り行き、偶然、勘違い。そんなものの積み重ねで、俺はエリアスの名を継いだ。


 それを知ったら、この王は怒るだろうか。失望するだろうか。一介の魔術師が、ただの人間が、己の跡を継いだと知ったら。


「本当は、俺にそんな資格なくて……」

「資格?」


 案に反して、エリアスは笑った。ほとんど失笑に近い笑みを浮かべて肩をすくめる。


「そんなことを気にするとは、きみは存外繊細なんだな。資格ならあるじゃないか。きみは選ばれたんだから」

「選ばれたって、あんたに?」


 いいや、とエリアスはまた笑った。


「皆にだ。きみは、自分で思っている以上に面白いものを持っているよ。魔族にここまで好かれる人間も珍しい。胸を張りたまえ。彼らにとっての王は、他の誰でもない、きみなのだから」

「……そこは面白いじゃなくて素晴らしいとか言ってくれよ」


 憎まれ口を返したものの、顔が熱くなるのは止められなかった。


 いま気づいたけど、こいつギルベルトに似てるんだ。いかにも余裕たっぷりな態度とか、不意打ちのように欲しい言葉を投げてくるところなんかが。


「ま、しゃあないからやってやるよ。最初からそのつもりだったし」

「ありがたい」


 エリアスは優雅に立ち上がり、俺に片手を差し出した。反射的にその手をとったところで、ぐんと引っ張り上げられる。


「きみに、ひとつ餞別を」


 エリアスが手を離したとき、俺の左足はしっかりと地を踏みしめていた。痛みもなく、違和感もなく。


「すっげえ……」


 さすがは魔王様だ。折れた左足を一瞬で治してくれるとは。感激して礼を述べた俺に、エリアスは微笑みを返した。


「礼には及ばない。これは先払いだと思ってくれ。きみがこれから為してくれることへのね」

「はいはい、承りましたよ」

「ついでに魔族の行く末もよろしく頼む」

「ついでがデカいな」

「なに、きみならできるだろう。頼もしい仲間もついていることだし。ついでに――」


 エリアスは人の悪そうな笑みを浮かべた。


「頼りがいのある愛人も」

「ほっとけ!」


 治りたての足で蹴りを入れてやろうとしたところで、視界がさっと白くなった。


 来た時と同じ、深く濃い霧があたりにたちこめる。


「……エリアス」

 

 なんだよ、ずいぶんせっかちだな。もう少しゆっくりしていってもよかったのに。


「また会えるかな」


 会って、話ができるだろうか。昔のこと、この男自身のことを、もっと聞かせてもらえるだろうか。


 たぶん、と声が聴こえた気がした。


 笑みを含んだその声が耳をかすめると同時に、俺の頭の中は白く塗りつぶされた。




 

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