第26話 似た者同士の思惑

 ――ふざけるな。


 ハロルドの口から皇帝殺害の言葉が出たとき、俺が真っ先に感じたのは灼けつくような怒りだった。


 俺と仲間の暮らしを滅茶苦茶にしたのは、言うまでもなく魔族討伐軍で、それを派遣したのは皇帝だ。いくらギルベルトにその気はなかったとはいえ、最終的な責任はやつにある。だからといって、


「おまえがそれを言うか」


 実際に俺たちの平穏を叩き壊した張本人が、どの面下げて俺に復讐をそそのかすというのか。


「まあ、そう怒らないでよ。いろいろと事情ってやつがあってさ。ざっくり説明すると、うちの教団長が、きみんとこの皇帝を目の敵にしてるんだよね。もとから仲悪いらしいけど、きみ知ってた?」


 知ってるよ。皇帝サマも同じお気持ちらしいぜ。仲の悪い者同士、気が合うんだな。


「それで、ぼくが始末を頼まれたわけ」

「はん、勇者様も形無しだな。すっかり教団の犬に成り下がったってわけか」

「やだな、たまたま利害が一致しただけだよ。きみこそ、あの皇帝によく飼い馴らされてるみたいじゃないか」


 ちっ、煽ったつもりが煽り返された。


 ふざけた発言の代償はこいつから取り立てるとして、ギルベルトも後でシメとこう。理由は俺がむしゃくしゃしたから! 以上!


「まあそういうわけで、せっかくだからきみにやってもらおうと思ってね」

「おい、話がつながってないぞ。なにが、せっかくだから、だよ。なんでそこで俺が出てくる」

「だって」


 手の中の短剣をくるくる回しながら、ハロルドはにこりと笑った。


「そっちのほうが面白いだろう? ぼくはさあ、愛する人を手にかけたって苦しむきみの顔が、すごおく見たいんだよねえ」


 すがすがしいほどのクズっぷりだな。こいつの趣味の悪さには、怒りを通りこして感心する。あと「愛する」はやめろ。背筋がぞわぞわする。いま体ないけど。


「そのための道具も、ちゃんと用意してあげたから」


 これ、とハロルドは俺に銀の短剣をさしだした。


「いいだろう? これ。きみのために特別につくってあげたんだよ」


 つくったって……おい、そこの鍛冶屋の息子さんよ、なんか嫌な予感がするんだけど。まさか、その短剣って……


「そこにあった剣を打ち直したんだけどね」


 やっぱりかよ! おまえ、ゲイルに殺されるぞ。墓参りのとき、いちばん感極まってたのゲイルだからな。ここに先代の御剣が……って、ちょっと涙ぐんでたからね!? 


「はい、ノア。これで頼むよ」

「いらねえよ」


 そんな物騒なもの受けとれるか。万が一にもゲイルに見つかったら、俺が八つ裂きにされるだろうが。


「そもそも、おまえの希望なんざ知ったことか。あいつをやりたきゃ、てめえでやれ。けどな、順番間違えるなよ。やり合うんだったら、まずは俺だ」

「わあ熱烈。いいねえ、そういうの。ぞくぞくするよ。でもさ、間違えてるのはきみのほうなんだよね。きみはぼくに逆らえる立場じゃないんだよ。わかる?」


 わかるか、と噛みつきかけた俺は、ハロルドの次の台詞で凍りついた。


「きみの大事だあいじなお仲間」


 歌うような抑揚をつけて、やつは毒のような言葉を吐いた。


「どこに行っちゃったんだろうねえ。きみが毎晩一生懸命探しているのに、一人も見つかっていないんでしょう?」

「……そこの下種げす


 今ここに体があれば、俺はやつに飛びかかっていただろう。魔術なんてまだるっこしいものに頼らずに、その短剣を奪いとって喉元に突きつけてやったのに。


「あいつらをどこにやった」

「大丈夫だよ。ちゃんとぼくが保護してるから。一人残らず、ちゃあんとね」


 保護って言葉は正しく使えよ、この外道。おまえのそれは、監禁だろうが。


「だって、元はと言えばぼくの部下なんだから。そりゃあ大事にするよ。あ、もちろんきみもね、ノア。きみはぼくの一番のお気に入りだからさ」


 じゃあ、とハロルドは片手をあげた。完全無欠の王子様然とした笑顔で。


 待て、と引き止める間もなく、やつの姿が月光にかすむ。同時の俺の意識もほどけていった。


 あわい金に溶けるように。重い闇に圧し潰されるように。




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