第17話 それは嵐のような
そして迎えた園遊会の当日、会場の入口でエリックは俺を見上げて首をかしげた。
「ノア、なんだかいつもとちがうね」
そうだな、エリック。おまえの母ちゃんのせい……いや、お母様と強力な仲間たちのおかげだな。
本当に、この数日はあっという間だった。
まず、俺が園遊会に出ると聞くなりアデルはすくと立ち上がり、女神のごとく
「忙しくなりますわね。覚悟はよろしくて? ノアさん」
なんですと? と訊き返す暇もなく、俺は女官の皆さんに取り囲まれ、それから怒濤の衣装合わせが始まった。
「ひさびさに、わたくしも本気を出すことにいたしましょう」
などとのたまう元皇妃およびその取り巻きの皆さんによって、俺は身ぐるみ剥がされ
なるべく地味に、という俺の訴えなど歯牙にもかけず、アデル率いる女官の皆々様は、やれ基調は黒がいいだの、いや青がいいだの、だったら小物はどうする、靴は髪は……と大いに盛り上がり、俺は自身の無力さを噛みしめながら生ける着せ替え人形に成り下がったのだった。
いま思い返しても、あれは軽めの拷問だったと思う。最後のほうとか、みんな目が血走っててちょっと怖かったし。
嵐のような日々をくぐりぬけた俺は、いま猛烈にフィル坊に謝りたい。
いままで身支度について口やかましいなんて思ってて悪かったよ。あの女性陣の殺気にくらべたら、おまえの愚痴なんて小鳥のさえずりみたいに可愛いもんだ。
「やっぱ変かな、エ……」
エリック、と口にしかけて、俺は言い直した。
「殿下」
一瞬きょとんとしたエリックだったが、すぐにぱっと笑顔になる。
「ううん、すごーくきれい!」
おお、ありがとな、エリック。でも、お兄さんとしては「きれい」より「かっこいい」のほうが……まあいいか。
途中かなり暴走かつ迷走したものの、最後にアデルたちが選んでくれた衣装は、黒地にさりげなく銀糸の刺繍が施された、ごく簡素な仕立てのものだった。
たしか、女官の誰かが「引き算の美学!」とか叫んでたやつだ。引くとか足すとかよくわかんないけど、足回りがゆったりしているのはありがたい。おかげで固定している左足もあまり目立ってないし。
「殿下も、よくお似合いで」
こちらは皇太子らしく華美な衣装に身をつつんだエリックにそう言ってやったが、エリックは難しい顔で首を横にふった。
「これやだ。重い」
だよなあ。襟元とかも窮屈そうだ。
「ノアも、やっぱり変。いつもとちがう」
おっと、ご機嫌を損ねちゃったか。どうしたもんかね。いつもみたいに頭をぐりぐりしてやりたいけど、人前だとそうもいかないし。
弱ったな、と思っているところに、背中に声がかけられた。
「待たせてすまない」
振り向くと、お付きの人々を従えたギルベルトが歩み寄ってくるところだった。さすが皇帝、エリックと同じく豪奢な身なりだ。
そういや、こいつがちゃんと皇帝らしい格好してるの初めて見たな。くやしいけど、こいつ上背あるから着飾ると映えるんだよなあ……べつにうらやましくないけど。全然うらやましくないけど、今度背が縮む呪いとか探してみよ。
「ノア」
ああ? なんだよ、妙なツラしやがって。もしかして笑いをこらえてんのか? 上等だよ、おもて出ろや……て、ここもう外か。
さすがに公衆の面前で皇帝を罵倒するわけにもいかず、黙って突っ立っていた俺の前で、ギルベルトは腰をかがめた。深緑の瞳が間近で笑む。
「すばらしく綺麗だ」
耳元でささやくな気色悪い! しかもなんで甥っ子と同じ感想? エリックはいいが、てめーは許さん。俺が今後受け付ける賛辞は「かっこいい」のみとする。以上、しっかり胸に刻んでおけ!
「叔父上!」
叔父の登場で機嫌を直したらしいエリックがギルベルトに飛びついたのを機に、俺は杖をついて数歩退いた。
さて、園遊会のはじまりだ。教団の親玉と英雄きどりの勇者様の顔、とくと拝ませてもらおうじゃないか。
はやる気持ちを呼吸でなだめ、俺は随従の列にまぎれこんだ。
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