第三章 皇太子の教育係

第16話 宝物を探して

「園遊会?」


 俺がその言葉をくりかえすと、ギルベルトは「そうだ」とうなずいた。


「五日後に開催する。皇城の庭園でな」

「へえ」


 まさしく真昼間の庭園で、俺とギルベルトは木陰に並んで座っている。

 べつに俺が招いたわけじゃない。政務の合間の休憩だとかいって、やつが勝手に押しかけてきただけだ。


 アデルの館の中庭に、俺たち以外の人影はない。エリックの面倒を見ているときは、まわりに誰も近寄らせないよう頼んでいるのだ。

 なのにこいつときたら、自分だけは例外だとでも思っているらしい。


「ノアー」


 少し離れた生垣の間から、茶色と白のふわふわが顔を出した。エリックとバルトだ。


「見つけた! これ! これそうだよね!」

「おーし、偉いぞ。エリック」


 手にしたものをぶんぶん振り回すエリックに、俺も手を振り返した。


「あと一つなー」

「うん!」


 元気いっぱいに駆けていくエリックの背中を眺めながら、ギルベルトが首をかしげた。


「あれは何をやっているんだ?」

「宝探し。おまえやったことねえの?」


 庭や家のあちこちに隠しておいた宝物――実際はガラス玉とか鳥の羽なんかを探してまわるやつ。

 定番の遊びだと思ってたんだけど、やっぱり皇帝ともなると遊び方も庶民とは違うもんかね。


「やったことはないような……いや、私が聞きたいのはそういうことではなくて」


 困惑したような目でギルベルトは俺を見た。


「あれが魔術の修行なのか? 遊んでいるようにしか見えないのだが」

「遊んでるんだよ」


 ああ、ますます訳が分からないって顔だな。心配しなさんな。引き受けた仕事はちゃんとやっているからさ。


「あのな、エリックはまだ五歳だぞ。そんな子どもに魔術の基礎がどうのって言っても通じないだろ。だから最初は遊びでいいんだよ。遊びの感覚で力に触れて、とにかくあれは怖いものじゃないって体に覚えさせるんだ」


 特にエリックは、今まで自分の素質を抑え込まれていたようなものだからな。口にするのも悪いことだと縛められていたものを、まずは解放してやらないと。


 というわけで、エリックの指南役を請け負ってからこの数日、俺はあの手この手でエリックを魔力に慣れさせていた。

 今もエリックに探させているのは、ただのガラス玉ではない。俺が力を加えて砕いた石の欠片だ。

 常人の目には何の変哲もない石くれにしか見えないだろうが、エリックの目にはきらきら輝く宝石みたいに映るはずだ。


「なるほど」


 感心したようにギルベルトはうなずいた。


「“塔”ではそうやって教えているのか」

「……ちょっと違うかな」


 実のところ、全然違う。“塔”のやり口はもっと荒っぽい。というか、非情だ。

 俺のときは「闇の間」と呼ばれる部屋に三日三晩放り込まれた。力を開花させるという空間らしいが、あの時間すらも捻じ曲がるような暗闇は今思い返してもぞっとする。

 実際、耐えきれずに発狂したやつもいたらしい。“塔”の連中に人格破綻者が多いのって、絶対あれのせいだよな。


「これは我流だから。気に入らなかったらいつでもやめるぜ」

「いや、かまわない。きみのことは全面的に信用しているからな。これからもよろしく頼む」


 その信用どこからきてんだよ。前に、まわりは敵だらけみたいなこと言ってなかったっけ? つくづくわからんやつだよな、こいつも。


「それで、園遊会がなんだって?」

「ああ、そうだった」


 ギルベルトは俺に向き直った。


「きみに頼みがあって来たんだ。その園遊会に、きみも出席してほしい」


 なんで、と口より先に顔に出ていたであろう疑問を、ギルベルトはすみやかに回収した。


「その会は、実は祝賀の宴席でもある。近々凱旋する勇者と教団一行の、慰労のための」


 一瞬、陽が翳ったような気がした。まわりの空気がすうっと冷えたような。


「……魔族討伐軍の?」


 そうだとうなずく皇帝を殴りつけてやらなかったのは、べつに俺が温厚な人間だからじゃない。俺を見るギルベルトが、ちゃんと「わかっている」という目をしていたからだ。


「きみの仇敵をねぎらう場に来いというのは酷だと思う。だがな、ノア、これは良い機会ではないだろうか。もしかしたら、きみの仲間を探す手がかりが見つかるかもしれない。きみ一人で探すのも、そろそろ限界じゃないのか?」


 痛いとこ突いてきやがるな。そう、連日遠見の術を駆使して探しまわっているものの、バラーシュ達の行方はいまだにつかめていないのだった。


 あいつら一体どこまで逃げちまったんだろ。もしかして、わざと俺の目から隠れているんじゃないだろうな。これを機に不甲斐ない魔王とは手を切ろうとか……


「ノア」


 不意に、髪にギルベルトの手が触れた。


「大丈夫だ。きみの仲間はきっと見つかる」


 もしかして、慰めてくれてる? 大きなお世話だし、俺が暗い顔してる理由は多分おまえが思ってるのとはちょっと違うけど、まあ……ありがとな。


「けど、俺はどういう立場で出席するんだ? さすがに愛人じゃまずいだろ」

「エリックの教育係としてではどうだろうか」

「エリックも出るのか。じゃあアデルも?」

「いや、義姉上あねうえは出席なさらない。兄上が亡くなって以来、あの方は私と公式の場に出ることを避けておられるのだ。私は気にしなくていいと言っているのだが……」


 よくわからないけど、なんか複雑そうだな。でもまあ、そういうことなら出てやってもいいか。いちど敵の顔をしっかり見ておきたいと思っていたしな。


「そうか、よかった」


 俺が承諾するとギルベルトは深緑の瞳を輝かせた。


「前からきみを皆に披露したいと思っていたんだ」

「なんでだよ」


 じろりとにらみつけた先で、ギルベルトは満面の笑みで「なぜって」と続けた。


「宝物は見せびらかしたくなるものだろう?」


 ……寒い。めちゃくちゃ寒い。気のせいでも何でもなく悪寒がする。これは風邪でも引いたかな。

 悪い、ギルベルト。そういうわけだから、エリックの付き添いは他をあたってくれ。


「だが同時に、大事にしまって誰にも見せたくない気もする。どうしたものかな。きみを前にすると、いつも二つの思いに引き裂かれてしまうようだ」


 そりゃあ奇遇だなあ。おれもおまえを前にすると、今すぐ絞め殺すか後日の派手な舞台で喉笛かっ切るかで悩んじまうんだよ。

 よっしゃ、お互い思い悩むのも不毛だし、ここらで片をつけるとしようか!


「ノアー」


 たったと駆けてきたエリックが、俺の前に両手をつきだした。


「ぜんぶ見つけた!」


 小さな手の平に並ぶ大小の石ころ。陽の光を浴びて、それは心なしか誇らしげに輝いている。


「えらい! すごいなーエリックは」


 俺はエリックの頭を引き寄せて遠慮なくなでた。

 誉めるときは全力で誉める。ゲイル流の教育方法だ。おかげで魔王軍の面々は上から下まで非常に優秀かつ良い子である。“塔”の古株どもも見習えばいいのに。


 腕の中できゃあきゃあ笑うエリックにつられて、馬鹿犬バルトも飛びついてくる。

 そっちもわしゃわしゃやっていると、隣から「ノア」と声がかけられた。


「私は?」


 おまえがいつ誉められるようなことやったよ。まあでも、仲間外れはよくないか。ほら、せめて馬鹿犬は譲ってやるよ。


「……そうじゃないんだが」


 不満顔でバルトの頭をなでるギルベルトを放っておいて、俺とエリックは次の遊びにとりかかった。木漏れ日が心地よい、春の庭で。


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