第18話 噂の真相

 エリックの教育係という立場で園遊会に参加した俺だったが、実のところ、足を痛めている俺は随従として戦力外もいいところだ。

 最初にそのことを侍従の皆さんに詫びたところ、「いえいえ」と彼らは笑顔で応じてくれた。


「ノア殿は、殿下がぐずられたときの緊急要員ですので」


 はあ、つまり「いざというときはこれを与えれば泣きやむ」的なやつですね。よくわかります。


 皆さんのご厚意により、俺はその「いざ」というときまで会場の隅に引っ込ませてもらうことになった。

 エリックも、最初はギルベルトの側で参列者の挨拶を受けることになっている。五歳の子どもには退屈だろうが、これも皇太子の義務というやつらしい。あとで思いっきり甘やかしてやらないと。


 ありがたくも用意してもらった椅子に腰を下ろし、俺は美しく整えられた庭園を見わたした。

 ああ……いたな。着飾った参列者の中でひときわ目立つ、赤と白の隊服の一団。神聖騎士団の連中だ。


 やつらを遠目に眺めながら、俺は意識して深い呼吸を繰り返した。

 落ち着けよ、俺。今日はとにかく観察に徹するんだ。あいつらをまとめて吊るすのは、また次の機会でいい。


 騎士団の一行は、会場の中央に立つ皇帝のもとへ進む。

 ギルベルトの隣にいる小男が、おそらく教団長のザカリウスだろう。金ぴかの法服が目に刺さるようだ。


 皇帝の前へ進み出た騎士たちは、一斉に膝をついて礼をとった。

 さあ誰だ。勇者とやらは、あの中のどいつだ。真ん中にいる大男か、それとも横の金髪野郎か――


「ねえ、あなた」


 だしぬけに声をかけられて、俺は顔を上げた。見れば、着飾った数人の令嬢たちが俺の側に立っている。

 えーと、何かご用でしょうか。俺いま忙しいんですけど。


「あなた、大公妃殿下の館でお世話になっている方よね」


 大公妃? ああ、アデルのことか。

 俺が浅くうなずくと、先頭に立つ栗色の髪の令嬢がきりりと眉をつり上げた。


「正直におっしゃい。あの噂は本当なの?」


 あの噂? て、あー……はい、あの胸糞悪い、例のアレですね。誠に遺憾ながら、この場では事実ですとお答えせざるを得ないのでしょうね。ええ本当に、俺としても大変不本意なのですが。


「ええ、まあ……」


 断腸の思いで俺がうなずくと、令嬢たちは「やっぱり」とざわめいた。


「おかしいと思ったのよ。陛下に男性の愛人だなんて」


 ……ん? 待て待て、お嬢さん方。今更で悪いんだけど、あの噂ってどの噂?


「陛下もよくお考えになられたこと。これで堂々とあの館へ出入りなされるというわけね」

「でも、いくらなんでも殿方だなんて」

「あら、だからこそよ。大臣の方々も、これなら大公妃殿下の方がましだと思われることでしょうよ」


 令嬢たちの会話から、俺は一つの推論を導き出した。


「あのー……」


 もしかして、これはひょっとすると……


「ギ……陛下は大公妃殿下のことが……?」

「あら」


 何を言ってるんだこいつは、という目で栗色の髪の令嬢は俺を見下ろした。


「決まっているでしょう。陛下が大公妃殿下にご執心だってことは。あなただって、それを承知で愛人のふりをしているのではなくて?」


 おお……おおおおおお! 


「そうです!」


 俺は全力で肯定した。足が悪くなかったら立ち上がって令嬢たちと握手を交わしていたところだ。


「そうなんですよ。俺はただの目くらましですから!」


 そうかそうか、そういうことか! やつの本命はアデルだったんだなあ。で、アデルのとこに通う言い訳に俺を使ったと。なんだよ、それならそうと言ってくれればいいのに。


「よかったわ。万が一にも陛下があなたに本気でいらっしゃったら、どうしようかと思っていたもの」


 やだなーそんなわけないじゃないですかー。


「でも、やっぱり大公妃殿下なのね」


 令嬢の一人が肩を落とす。

 あ、もしかして失恋ですか。まあ、そう気を落としなさんな。この先いくらでも素敵な出会いがありますから。なんなら縁結びの神様紹介しましょうか?


「そんなこと、本当に許されるのかしら。ご姉弟きょうだいなのに……」


 んーでも義理だろ? 当人同士が良ければそれで……


「そうよ。それに大公妃殿下の方がだいぶ年上でいらっしゃるじゃない」

「しかもコブつきよ」


 ……んん? おーい、お嬢さん方。いま皇太子のことコブ呼ばわりした?


「本当に、陛下も物好きでいらっしゃること」

「前に大公妃殿下をお見かけしましたけど、ずいぶん地味な印象でしたわよ」

「あんなお方のどこが……」

「なあ、あんたら」


 俺が声をあげると、令嬢たちはぴたりと口をつぐんで俺を見た。


「あんたらの感想に口をだす気はないけどさ、俺は、あの人はいい人だと思うよ」


 これまで世話になったからじゃないけど、いや、世話になったからこそわかる。アデルが優しくて賢くて寛大な、まさに皇妃にふさわしい女性だってことは。

 まあ多少ぶっ飛んだところもあるけど、基本は、ほら……人助けだし?


「それに、あの人は間違いなく、俺が会った人の中で一番綺麗な人だよ」


 俺は令嬢たちの顔を順番に見ながら言った。

 みな若くて華やかで、まるで色とりどりの花のようなお嬢さんたちだ。だけど、この花全部まとめても、あの気高い百合には敵うまい。


「あと、噂話は大概にしといたほうがいいぜ。不細工になるから」

「なっ……」


 気色ばむ令嬢たちに、俺はにこりと笑ってみせた。


「せっかくみんな可愛いんだから」


 令嬢たちの顔がぱっと赤くなる。

 よっし、俺もやればできるじゃないか。新兵落としの異名を誇るゲイルと肩を並べられるのも、そう先のことではないかもしれない。


「――ノア!」


 などと思っていたところで、茶色のふわふわが走ってきた。

 おーどうしたエリック、もう飽きたか。

 

 膝にしがみついてきたエリックの髪をなでてやると、エリックがそろりと顔を上げた。

 おい、本当にどうした。顔が青いぞ。


「エリック?」


 頬に手をそえてエリックの顔をのぞきこんだ時だった。


「――ちょっといいかなあ」


 顔を上げた俺はぎくりと身を強張らせた。

 赤と白。神聖騎士団の隊服をまとった金髪の男がそこにいた。


「ぼくはハロルド。聞いたことあるかな。これでも一応」


 胸に手を当て、にこやかにそいつは続けた。


「魔族を討伐した英雄なんだけど」



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