第6話 暗殺のすすめ

「まずは、きみに謝罪を」


 ギルベルトは折れた剣を卓に置き、頭を下げた。


「あの蛮行を止められなかったことを詫びさせてほしい。本当に申し訳なかった」

「止められなかった、ねえ……」


 ひとの言葉尻をとらえるのは好きじゃないが、今回ばかりは聞き捨てならなかった。


「つまり自分は悪くないってか」


 あれは勇者率いる神聖騎士団の所業であって、自分の責任じゃないんです、とでも?

 おいふざけんなよ、皇帝陛下。返答次第じゃその頭、もっと真っ赤に染めてやるぜ。


「いいや」


 ギルベルトはすぐに首を横に振った。


「経緯はどうあれ、今回の討伐が私の名のもとに行われたことは事実だ。最終的な責任は私にある」


 ふん、そこはわかっているのか。だからといって許すわけではないが、わかっていないより遥かにいい。


「きみが私を責めるのは当然だ。きみにはその権利がある。だが、ひとまず私の話を聞いてもらえないだろうか。きみにも利のある話だ。聞いておいて損はない」


 そこまで言うと、ギルベルトは手近な椅子を引き寄せ、座っていいかと目で問うた。俺が黙っていると、長くは待たずに腰を下ろす。

 誰が座っていいと……まあいいか。見上げっぱなしだと首も疲れるし。


 椅子にかけたギルベルトは、卓の上にあった水差しから銀杯に水を注ぎ、ひと口飲んでから俺に差し出した。


「よければ。見てのとおり、毒は入っていない」


 わざわざどうも。今更そんな心配してないけどな。殺すつもりだったら、俺が寝ている間にいくらでもやれただろうし。


 喉が乾いていた俺は、ためらわず杯に口をつけた。薄荷の香りが爽やかな、ほどよく冷えた美味い水だった。


「まず理解してもらいたいのは、私が神聖騎士団、ひいては教団とあまり好ましい関係にないということだ。対立……いや、敵対していると言っていい。教団は私を皇帝位から引きずり下ろし、代わりにエリックを即位させることを望んでいる」


 ちょっと待て。そんなこと俺に話していいのかよ。


 俺の驚きをよそに、ギルベルトは淡々と言葉を続ける。


「エリックに帝位を譲ることは問題ない。そもそも、私はあれが即位するまでの繋ぎのようなものだからな。だが、今はだめだ。たとえどんなに賢くとも、五歳の子どもに帝冠は重すぎる。エリックには成長する時間が必要だ。少なくとも、教団の操り人形に成り下がらない程度には」


 へえ、と俺は少しばかり意外な思いでギルベルトを見た。

 皇帝と教団の対立など知ったことではないが、ギルベルトが甥を大事に想う気持ちは本物らしい。


「そこでだ、きみに」


 ああ、読めたぜ。だから俺に力を貸せと言うのだろう。皇帝に仇なす教団連中の首を、根こそぎ刈りとってこいとでも――


「私の愛人になってほしいのだが」


 ――カンッ!


 皇帝の眉間めがけてぶん投げた杯が、壁に当たって跳ね返った。


「危ないじゃないか」


 よけんな馬鹿! 危ないのはてめーの頭だ、この変態野郎!!


「きみは何というか、手が早いな。人の上に立つ者としては、もっと冷静であるべきだと思うが」


 うるっさい。おまえに説教される筋合いはないんだよ。そういうのはバラーシュ一人で間に合ってるから! そんなことより、


「なんだよ、愛人って。頭イカれてんのか」

「ああ、そうか」


 ギルベルトはぽんと手を打った。


「たしかに失礼だった。愛人ではなく結婚を申し込むべきだったな」


 そおゆう問題じゃねええええっ!!


 だめだ。頭がくらくらしてきた。

 落ち着け、俺。よく見ろよ。こいつの目、明らかに面白がってるじゃないか。


「……おまえ、人をおちょくるのも大概にしろよ?」

「心外だな。私はこの上なく真剣に望んでいるのだが」


 よし、わかった。そんなに真剣に死にたいのなら、今すぐ手え貸してやるよ!


 無言で片手を上げた俺を制するように、ギルベルトはかるく頭を振った。


「無理をするな。怪我にさわる」


 誰のせいだ、という俺の非難の眼差しを受け流し、ギルベルトは傍らの卓に目をやった。卓の上には折れた剣が、俺が砕いた剣の残骸が横たわっている。


「……たぐいまれなる力を持つ魔王どのに、ひとつ頼みがある」


 薄い笑みを張りつかせた顔で、ギルベルトはその願いを口にした。


「私を暗殺してくれないだろうか」





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