第5話 復讐にはうってつけの日
魔族。一般にそう呼ばれる種族が、実のところ人間とそう変わりないことを、どれだけの人が知っているだろう。
かくいう俺も、魔王として迎え入れられる前は、魔族というものに漠然とした恐怖を抱いていた。
まあ、実際に付き合ってみると、拍子抜けするほど普通だったんだけどな。
人間より多少寿命が長くて、外見が少し違っていて、なかには強い魔力を持っているやつもいる。けど、だからといって積極的に人間に害をなす輩などめったにいない。
そりゃあ、まったくいないわけじゃないけど、それは人間だって同じじゃないか。
いい奴もいれば、どうしようもなく腐った奴もいる。それでもなんとか世界は平穏無事に回っているのだ。
だから、俺にはまったく理解できなかった。
なぜ俺たちが一方的に弾劾されなくてはならないのか。見ず知らずの連中に罵られ、存在を否定され、住処を追われなければならないのか。
どうしてそんな不条理を、この国の支配者が是と認めたのか。
「ノア。気分はどうだ」
やめろよ。その、いかにも俺を心配してますってな善人面をやめろ。俺はもうこれ以上、おまえの小芝居に付き合う気はないんだよ。
ギルベルトから目をそらし、俺は身を起こした。鼻を寄せてくる馬鹿犬の首をかるくたたき、エリックの方へ押しやる。
ほら、おまえはあっちへ行ってな。そこにいると危ないから。
「エリック。少し外していなさい」
空気が変わったのを感じとったのか、ギルベルトも甥に声をかける。
ええ、とエリックは不服そうな声をあげつつも、重ねて促されバルトとともに部屋を出ていった。
ああ、話が早くて助かるぜ。
去り際に「あとでね、ノア」と手をふってくるエリックに片手をあげて応じると、俺は傍らに立つ皇帝を見上げた。
あらためて見ると、ギルベルトとエリックの面差しはよく似ていた。髪の色や瞳の濃淡に違いはあれど、やっぱり血がつながっているだけのことはある。
悪いなあ、エリック。
俺は心の中で詫びた。
おまえの叔父さん、ちょっと勘弁できないんだわ。
「――!」
バキッという耳障りな破砕音に、俺の舌打ちが重なった。ギルベルトが抜いた剣が、俺の術をまともに食らって砕けたのだ。
ちくしょう、加護つきの剣かよ。あれさえなきゃ、ひと息に仕留められたのに。
「待て、ノア!」
待てないね、と言いたいところだったが、次の瞬間俺の体が大きく痙攣した。こらえきれずに身を折り曲げ、そのまま激しく咳き込む。
あーあ、思った以上に負荷がひどいわ。こりゃ二発目は無理だな。
ごめん、ゲイル。おまえの忠告どおり、もっと基礎体力つけておくべきだった。ごめん、バラーシュ。考えなしに力を使って。ごめん、みんな。肝心な時に役立たずで。
「ノア」
肩に添えられた手を、俺は反射的に振り払った。
気安く呼ぶな。あと触んな。おまえに助けられたかと思うと反吐が出る。俺たちを狩り立てた張本人を、ちょっといい奴だと思ってしまった昨日の俺をぶん殴りたい。
返せよ、このクソ野郎。俺の家を、俺の家族を。
「落ち着け、ノア。急にどうしたんだ」
白々しい言葉をかけてくるギルベルトを、俺はありったけの呪いの気持ちを込めてにらみ返した。
「……おまえさ」
たいしたもんだ、皇帝ってのは。こんな局面になっても、こいつは毛ほども動揺していない。急に暴れだした怪我人を前に戸惑っているって
だけど、あんまり舐めてもらっちゃ困るんだよな。
甲斐性なしの王様だけど、俺だってこの二十年と少しの間、それなりに場数は踏んできたんだ。万人に畏れられる“塔”の魔術師として。魔族を束ねる首領として。
見えてるんだよ、俺にはちゃんと。その深い緑の瞳の奥に、冷えた光が
「俺をどうしたい?」
手間暇かけて連れ帰って、獄に繋ぐでもなく世話を焼いて、大事な甥っ子まで無防備に近づけて。
そこまでして俺をどうしたい? 何をたくらんでいる。
俺がにらみつける先で、ギルベルトがふっと真顔になった。
まるで皮を一枚はぎとるように、奴は初めてその顔を俺にさらした。
「取引をしないか。ノア」
いったん言葉を切り、ギルベルトは静かな笑みをたたえて言い直した。
「――魔王エリアス」
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