第7話 わからず屋と契約を

 話せばわかる。

 どんな相手でも話し合いにより相互理解が可能である、という教えだ。


 だけど悲しいかな、この世にはどんなに努力しても決してわかり合えない相手というのも、また存在するのだ。たとえば、


「ギルベルト」

「ギルでいい」


 やかましい。てめーのことだよ、このイカれ野郎。

 おまえとは生涯わかり合える気がしねえわ。愛人だの結婚だの、はたまた暗殺だの、さっきから話がぶっ飛びすぎだ。もうちょっと順を追って話しやがれ。そう、まずは、


「最初に取引と言ったよな?」


 俺がにらみつける先で、ギルベルトは鷹揚にうなずいた。


「そうだ。私は対等な者同士として、きみと取引がしたい」

「だったら、その取引で俺にどんな得があるのか説明しろ。俺を暗殺者に仕立てて教団を潰して、そっちは満足だろうけど、俺はその後どうなるんだ?」

「……驚いたな」


 ギルベルトはほうと目を見開いた。


「きみは素晴らしく理解が早い」


 やっぱりかよ。えげつないこと考えるもんだな。


 口では自分を暗殺してほしいなんて狂ったことを言いやがったけど、こいつに死ぬ気がないことは明らかだ。

 要は、俺に暗殺者のふりをしろと言いたいのだろう。何のために? 簡単だ。俺を差し向けたのは教団だという事実をでっちあげ、連中に罪を着せるために決まっている。


「きみほど察しのいい者は初めてだ」

「そりゃお気の毒に。皇帝サマのまわりには、ろくな人材がいないと見える」

「そうかもしれない。きみのような人材にはぜひ側にいてほしいものだな。となると、やはり婚姻を……」

「寝言は寝て言え」


 手の届く範囲に投げつけてやるものがないことを残念に思いながら、俺はギルベルトのへらず口をさえぎった。


「そんなことより、教団が俺を使うって設定に無理があるだろ。やつらが俺たちを何と呼んでるか、知らないわけじゃないだろうが」


 悪の権化。邪悪な魔物。人心を惑わす悪鬼。

 そのあたりまでは笑って済ませていたけど、屍肉喰らいと聞いたときは、料理長のヘルガが激怒して大変だった。「アタシが厨房に腐った肉を置いてるってのかい!」と包丁を振り回して暴れるのを、ゲイルとトールが決死の覚悟で止めたんだよなあ。

 死人が出なかったのは奇跡だったぜ。ヘルガ、ああ見えて魔王城最強だから。まあ、それはともかく、


「あいつらが魔族と手を組むとか、ありえないだろ」

「手を組むのではない。利用するだけだ」


 冷徹にギルベルトは言い切った。


「筋書きはこうだ。悪辣な教団は復讐に燃える魔族の首領――つまりきみにこう持ちかける。すべての元凶は皇帝だ。皇帝を殺せば、奪われた財はすべて返ってくるぞ、とな。教団の甘言に乗せられたきみは、私の暗殺を決意するというわけで……」

「俺はそこまで間抜けじゃねえよ」


 ああ、今のはちょっと子どもっぽかった。ギルベルトの目尻も心もち緩んでいる。くそ、恥ずかしいな。


「知っている。だが、きみも教団にだまされた被害者ということにしておいた方が、なにかと都合がいいだろう? どうだろう、私に力を貸してもらえないだろうか。きみにとっても教団に一矢報いる良い機会だと思うが」


 俺に向けられた、故郷の森によく似た瞳。底の見えない、深い緑だ。


「……訊きたいことが二つある」


 本当は二つどころではないが、とりあえずはこれでいい。


「俺が切り捨てられない保証は? おまえにとっては教団と俺たちの共倒れが理想じゃないか。教団の連中と仲良く並んで吊るされるのはごめんだぜ」

「そんなことは絶対にしないと約束する。もともと、私はきみたちとの共存を望んでいたのだ。すべてが終わったら、今後のことを協議しようではないか。きみと私、邪魔者抜きで、ゆっくりと」

「はん」


 皇帝の愛想笑いに、俺は冷笑で応じてやった。


「口では何とでも言えるよなあ」

「もちろん、口頭だけで済ませるつもりはない。この企てについては文書にしてきみに渡す。皇帝と魔王エリアスとの密約書だ。きみが私を信用できないと判断したら、すぐさまそれを公表すればいい。私の首はたちどころに飛ぶだろう」


 ふん、そんな紙切れで安心するほどお人好しの俺じゃないが、まあ、ないよりはマシか。じゃあ、肝心のもう一つ。


「あの……ふざけた提案は? あれには何の意味がある」

「うん? 結婚の話か?」

「愛人!」


 くそ、こいつ絶対おもしろがってるな。

 今に見てろよ。そのにやけ面、いつか必ず粉砕してやるからな!



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