第11話

 ぐらりと、地面が揺れた。

 始めは一瞬の小さな震えだった。

 だがその振動は徐々に太く重く。ついには立ってバランスをとるのが困難になった。


「……始まった」


 誰にも聞こえないようにぼそりと呟く。

 私は転ばないようにしゃがみこんで、落下物から頭を守るために素早く机の下に潜り込んだ。

 遠くの方で、揺れている。大地の爆発に等しい地震が起きている。


 そうだ。ほんの少し前まで私たちランドロール公爵家が在ったあの王国。

 国の名は――ディグランス。そう。ディグランス王国。

 大地を鎮める巫女を裏切り陥れ、遂に天罰が下った愚かな国だ。

 まあ足元に広がる大地の仕業なので天から下る罰――天罰という表現はあっていないのかもしれないけれどね。


 揺れはしばらくの間続いた。

 建物が崩れる程ではないが、棚が揺れ、小物が落ち、机が震えるくらいの小さな揺れが長く続いた。

 実際の時間にしてみればそれほどではないのだろうけど、私にとっては長く、そして重い時間だった。


「収まった……?」


 しばらくしてあの耳障りな振動音は消え、揺れは収まった。

 私は安全を確認してから暗い影の外へ体を持っていき、服を軽くはたいてから立ち上がった。

 一瞬立ち眩みで再びしゃがみ込みそうになるも、何とかこらえて立つ。

 そのまま何かに引き寄せられるかのように部屋の窓へ張り付いた。


 見えるのは美しい城下町。

 千差万別な家々が立ち並び、澄んだ空と美しい自然が広がる幻想的な風景だ。


「――ッ!?」


 突如、激しい頭痛が襲い掛かる。

 視界が霞んでいく。歪んでいく。美しい景色が、壊れていく。


「あ……ぅ」


 割れそうな頭を手で押さえながらも顔を上げる。だが、そこには――

 崩壊した建物たち。あらゆるものを飲み込んで大地を駆けた巨大な亀裂。

 灰色の世界に煙が上がり、耳をつんざく様な人々の叫び声が響く。


「――くっ!! はぁ、はぁ……」


 私はその光景から逃れるように目を瞑ると、痛みが引いていった。

 窓の外は、先ほどの美しい城下町が広がっていた。


 何だったのだろうか、今のは。

 ……いや、分かっている。あれは幻覚。幻聴。私が作り出した妄想。

 大いなる大地の怒りを受けて崩壊したあの国の有様に違いない。

 何故なら私は今――


「っ!!」


 思考がノックで遮られた。

 私の背後からやや強めにドアをたたく音が聞こえてくる。


「おーい! 入ってもいいかー?」


 続けて声も。若い男の人の声だ。

 聞き覚えはないので少々怖いが、今の私に拒否する権利も理由もないので「どうぞ」と静かに口にした。

 そして間もなくドアがゆっくりと開けられた。


 そこに立っていたのは高貴なる服に身を包んだ一人の青年。

 腰には一振りの剣を携え、ところどころ露出した肉体からは素人目線からも鍛え上げられている事が分かる。

 視線を上げて見ればわずかに幼さが残りつつも端正な顔立ちをした青年が、こちらを案ずるような目で見つめていた。


「あなたは――」


「ほー、キミがあの要の巫女殿かぁ……とりあえずさっきの地震、大丈夫だった?」


 澄んだ空のごとき髪色をしたその男は、穏やかな顔で私にそう言った。

 若干戸惑いながらも私は恐る恐る頷き返事をする。


「はい。私は大丈夫です。ご心配ありがとうございます」


「そっか! それは良かった! オレもここに来る途中で急に揺れたもんだからびっくりしたぜ!」


「そ、そうですね……」


「っと、自己紹介が遅れたな! オレはヴィリス。一応この国の第三王子だ! よろしくっ!」


 ああ、やっぱりか。

 身にまとう服と雰囲気からただものではないと思っていたが、その通りだった。

 そう。私は今、ディグランスの隣にある国――アガレス王国に身を寄せているのだ。

 ここはアガレス王国の王城の一室――故に王子が出歩いていてもおかしくはない。


 私は今一度冷静さを取り戻し、失礼のない振る舞いが出来るよう気を引き締めた。

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