第2話

 リシア・ランドロール。

 それは二十五代目になる現代の要の巫女にして、初代要の巫女の記憶と力の一部を引き継いだ特別な存在だ。

 だが前世の記憶はそう多くはない。

 せいぜいぼんやりとした曖昧なイメージが時折浮かんでくる程度だ。


 だから何故かつての私が、大地の神と契約して国を護ろうとしたのかが私にはよく分かっていない。

 この王国がかつての私の故郷だったからなのか。

 それとも誰か特定の人を護りたかったのか。

 あるいはただの気まぐれだったのかな。

 もしくは何かの使命を背負っていたのかもしれない。


 真っ先に思い出せるのは、そう。男の人だ。

 高貴な服に身を包んだ、心優しく清らかな心を持つ青年だった。

 私が何者だったのかはよく思い出せないけれど、彼の姿は思い描くことが出来る。

 きっと、私にとってとても大切な人だったんだろうなぁ……


 記憶を辿れば他にもいろいろな人の姿が頭に浮かんでくるけれど、それらはやはりどこかモヤのようなものがかかっていてはっきりしない。


 こんな曖昧な記憶しかないので前世があると言うのはただの妄想、夢なんじゃないかと考えたことはもちろんある。

 だが、これだけは絶対の自信を持って言えるのだ。

 私は何らかの強い意志を持ってこの国を護ると決め、そして転生してまで護り続けたかった。

 それだけはしっかりと頭に焼き付いており、だからこそ物心ついた頃から無意識の内に秘術を理解して人知れずそれを使い続けてきた。


 ハッキリ言って、それは決して楽ではなかった。

 常に体の力が一定以上持っていかれて倦怠感に襲われるだけではなく、病気に対する抵抗力も落ちるのか小さい頃はよく高熱で寝込んだりした。


 そこまでしておきながら国を護りたい理由がはっきりしていないというのに、だ。

 

 そもそも大地震というものは秘術を用いたらすぐにぱっと消えるものではない。

 私が用いている秘術は大地震タネのようなものを押さえつけ、その発生を先送りし続けるだけのもの。

 つまり私は死ぬまでこの秘術をかけ続けることで、向こう数十年間、王国の滅びを回避させることが出来るのだ。

 初代は死の直前までずっと秘術をかけ続けてようやくその役目を完遂させた。

 このままでは私も同じ末路を辿ることになるだろう。


 最初はそれでもよかった。

 小さい頃と比べると秘術をかけていても今は普通の生活を送れているし、人知れず国を護るのが当然の使命だと思っていたからだ。

 今の生活もそれなりに幸せであったから。


 でも、ここに来て私は疑問を抱いてしまった。

 婚約破棄は正直どうでも良い。もとよりただの政略結婚だ。

 それにあんな発言をされるくらいの関係性しか築けなかった時点で未練などほとんどない。

 だが、ランドロール家の爵位を奪われる。

 これは私も含めて家族が路頭に迷うという事になる。

 これだけは受け入れるわけにはいかない。


 そんな目に会わされてなお、私が国を護り続けなければいけない理由とは何なのだろうか。

 一度疑問を抱いたら、もう止まらない。


「……お父様たちには、なんて言おうかな」


 とりあえず、帰ろう。

 そこがまだ、私の帰ることが出来る場所であるうちに。

 考えるのは、それからにしよう。

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