途中で面倒になって急に先輩殺した話

@Botan_Misono

本編

 いつもは閑散としている篠宮フレンドパークだが、今日はそれなりにお客さんが来ていた。流石は3連休の中日、親子連れがそこら中でわらわらしている。毎回このくらい来てくれれば、こっちもやり甲斐ってもんがあるんだけどね…と頭の中でぶーぶー文句を言いながら、僕は手でほてった顔をぱたぱたと仰いだ。本日の気温は23度。もう少し低いとうれしいな。

 僕は昔からなんだか要領が悪いみたいで、高校を卒業するのに5年掛かった。勉強は得意だし、嫌いじゃないんだけども、他に興味が湧いてしまうと勉強が全く手につかなくなってしまうのだ。おい!しっかりしろ僕!

 それでもどうにか高校を卒業した後、すぐさま近所の工場に就職したけれども3ヶ月でクビになった。1日にベルトコンベアを6回も止めたらそりゃクビにされるよなぁ。ごめんよ、当時の工場長。

 その後、幾度となく転職を繰り返したが、年齢が若いこともあってか仕事はいくらでもあった。そして、紆余曲折あって今は、このとっても楽しそうで実際はそんなに楽しくない仕事に無事就職できたのだ。僕は遊園地のスタッフ、特に着ぐるみの中の人をやっている。マジ辛い、暑すぎんだよコレ…。

 「おう!成沢おつかれ!今日はなかなか盛況だな!」僕が手扇で涼んでいると、茶色の熊の頭を持った小暮先輩が休憩室に入ってきた。

「お疲れ様です。盛況なのはいいんですけどね、ぼこぼこ殴ってくる子が多くて大変ですよ…。」

小暮先輩はスタッフの先輩で僕と同じ着ぐるみの中の人として働いている。なんでも、いずれ千葉の方にある遊園地に就職し、ネズミの中の人になりたいらしい。実際、この仕事にかける熱意がすごい。どんなに暑い日でも全力でダンスを踊り、どんなに生意気な子どもが近寄ってきても全力で愛想を振りまく。よくできるもんだね、ホント。僕にはそういう情熱はないので、暑い日はほぼ踊らないし、生意気なクソガキからは普通に離れます。ぶん殴られないだけありがたいと思え。

「ははは、かわいいもんじゃないか!無邪気って奴だな!そういう子こそ構ってあげるとすごい喜ぶんだぞ!」

「そういうもんスかね…。どうにも僕はそこまで優しくなれませんで。」

「まあ、まだ始めたばっかりだから仕方ないさ。そのうち分かるようになるさ。ほれ、コレ飲んでがんばろうぜ。」

そう言って、小暮先輩は熊の頭の中に入っていたスポーツドリンクのペットボトルを2本取り出し、1本を僕に向かって投げた。僕は両手でキャッチして、すぐに栓をひねった。2時間ほど働いてロクに水分がとれてなかったのでスポーツドリンクはマジで助かる。ありがてぇ…キンッキンには冷えてないけどありがてぇ…。

「あ、ありがとうございます…。先輩、僕と同じくらいやってきたはずなのになんか元気そうですね。」

「まあな!この職業好きだからな!楽しんでると疲れないんだよ!」

そう言って、小暮先輩は自分のペットボトルをラッパ飲みでごくごく飲むと、僕に向かってニッと笑った。ま、まぶしぃ~。先輩は僕の向かい側にあるパイプ椅子に勢いよく座り、ふうと息を吐いた後真面目な顔で僕を見つめた。

「いいか、成沢、おれ達はなぁ…。『夢』を創る仕事をしてるんだよ。俺たちが踊ってる姿を見て子どもたちは笑うだろ?そしたら、その姿を見て子どもたちの親も笑う。そんな親子の様子を見て、他のお客さんたちも笑う。そしたら、どうだ?俺たちの周りは笑顔に包まれるんだ。それって夢みたいな空間だと思わねえか?」

先輩は僕に向かって右手を突き出し、グッ!と握りしめた。その拳にはうっすらと血管が浮かび上がっている。本気だ、この人は本気なんだ。

「俺はなぁ、この仕事やめたいと思ったことは1度もないぜ。身体も心もボロボロになった時はたくさんあるけどな、それでも俺をみて喜んでくれてる人たちの顔を見るといくらでも力が湧き上がってくるんだ!お前にも分かるだろ?俺のこのあふれ出る思いがよ!!」

「…」先輩のあまりの勢いに僕は何も言うことができなかった。すごい剣幕だ…。いいなぁ、こういう人。俺は死んでもこういう人にはなれないんだろうな。

「俺はな、この思いをもっと多くの人に伝えたい!だから俺はもっと大きい舞台で踊りたいんだ!だが、今とやることは変わらねぇ。人々に夢を与える!それだけの単純なことさ!この着ぐるみにはなぁ、夢を創る力があるんだ!さぁ!成沢!その着ぐるみを被れ!まだまだ頑張ろうぜ!そして、みんなに夢を創るんだ!」

そこで先輩のテンションは最高潮に達し、パイプ椅子を倒さんばかりに立ち上がった。

「どうした成沢!早く着ぐるみを被るんだ!」

「先輩、僕には夢なんて創れませんよ…。」

「できるさ!さぁ、早く!」

「先輩、僕にはできないんスよ…。」

そう言って僕は両手にうさぎの着ぐるみの頭を持ち、先輩の前に立った。そして、先輩の頭にうさぎの頭を逆向きに被せる。そしてそのまま左手で壁に押し付け、背中に隠し持っていたグロック17を右手で取り出し、銃口をウサギの後頭部にぐりっとめり込ませる。


「僕には血だまりしかつくれねぇんスよぉ!!!!!」


狭い部屋の中に幾度となく鋭い爆発音が響く。めんどくせぇ、全部撃ち込んじまえ。夢の9mmパラベラム18連射だ。てめぇの大好きなねずみだってきたねぇ脳漿ぶちまけて2度と笑えなくなるぜ?

「眠たいことばかり言いやがってよぉ!?寝言は寝てから言えよぉぉ!!!!!!」

ドゥンドゥンとウサギに打ち込むたびに先輩の身体がビクンビクンと震える。先輩は寝相が悪いなぁ…。

「てめぇがどんなこと思っててもどうでもいいけどよぉ!俺を巻き込むんじゃねぇぇ!!!クソみてぇな着ぐるみ着てぴーひゃらぴーひゃら踊るのなんてイライラするだけだしよぉ!ガキが笑えばむかつくし!親が笑えばむかつくし!そんな奴らの周りにいる奴らにもむかつくんだよぉぉぉ!!!!全員眉間にぶち込んで2度と笑えなくしてやるよぉ!それって夢みたいな空間だと思いませんかぁぁぁあ!!!!!」

カチ、カチという気の抜けた音がして、銃弾は出てこなくなった。なんだ、もう18発撃ち込んじゃったのか。気が付くと先輩はピクリとも動かなくなっており、ピンク色だったウサギは綺麗に赤く黒く染まっていた。あら?この色も案外悪くないかも?僕は空になったグロック17を後方に投げ捨て、ウサギの頭をもちあげた。大量の血液と、ピンク色のどろどろした何かがボタボタと床に落ちる。うへぇ、片付けするの大変そう。試しにウサギの頭をかぶってみる。なんだか生暖かくて、心地よい。

 僕はウサギになったまま、部屋のドアをあけた。まっすぐ先には親子連れの多いアトラクションエリアがあったはずだ。子どもたちは喜んでくれるかな?僕は自然と小走りになった。

青空、天気は晴れ。風は無し。コンクリートで舗装された遊園地はゆらゆらと陽炎で歪んでいる。

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