第45話 囚われた過去

「父さん……!」


 薄れていく養父の姿を見て、イルゼは子供のように焦がれて叫ぶ。そんな少年に〈闇からの支配者〉は言った。


「貴方の養父ダグラス殿は、アドニスにおいて非常に優秀な騎士でした。彼はエスティア攻略の先鋒を任された身だったのです」

「――父さんが?」


 ダグラスがアドニスの騎士だったということは以前、カルカースから聞いていた。だが、まさかエスティアの陥落に関わり、アラリエルと面識があったとは。


「アラリエル王女はその後、ダグラス殿からの情けも虚しく、国外へと抜ける前に捕らわれてしまいました。そして二年近くの時をアドニスの一室で過ごすことになったのです」


〈闇からの支配者〉の声を境に、新たな光景がイルゼの目の前に広がる。


 満月の光明が窓から指し込む密やかな一室。そこにアラリエルはいた。手狭な室内にあるものは、一人用の卓と一脚の椅子、そして寝台くらいのものだった。その部屋の内装はあまりにも質素であり、敗戦国の王族としての寂しい暮らしぶりが窺えた。


「エスティアの戦乱から二年後――アラリエル様は十六歳になられました」

「十六……」


 イルゼは喘ぐようにして呟いた。それはアラリエルがイルゼを出産する約一年前。彼女は十七歳でイルゼを産み、この世を去っている。


 アラリエルは窓辺に寄せた椅子に座っていた。そこから視点の定まらない虚ろな双眸で、戸外の闇夜を眺めていた。


 イルゼは彼女の傍らへと近づいていく。間近で見つめた母の横顔には生気がなかった。まるで陶器人形のように無表情で冷たく、エスティアの草原でカルカースと共に過ごしていた時の面影をそこに見出すことは不可能だった。変わらないのは彼女の類い稀な美貌だけだ。


 エスティアの滅亡から二年という年月が経ったこの時も、こうしてアラリエルは絶望に打ちひしがれている。その辛酸を彼女は亡くなるまで嘗め続けたのかと思うとイルゼは遣る瀬無くなった。


「お母さん、僕は……」


 堪らず何かを言いかけたが、何を言っていいのか分からずにイルゼは口を閉じる。憔悴し切ったアラリエルの横顔を見ることは辛く哀しかった。自分という存在は、この美しい母親を襲った悲劇の上に成り立っているのだということを十分に思い知った。


 もしもアラリエルの時間に自分が存在していたのならば、どんなことをしてでも彼女を救い出してあげるのに。そして彼女が愛する青年の元へと導いてあげられるのに。


「……カルカース……」


 少女は小さく呟いた。そして両の瞳から大粒の涙を流し始める。虚ろな双眸のまま、身じろぎもせずにアラリエルは泣き続けた。


「カルカースとは其の方の愛しい者か? この二年間、其の方が生き恥を晒し続けた理由はその男を待つからか?」


 突如、部屋に響いた男の声。アラリエルの虚ろだった瞳に意識が戻る。

 アラリエルが驚愕の双眸で部屋の入り口を振り返った。イルゼも同じく、その方向を見た。


 彼らが見る暗闇の中から現れたのは、アドニスの皇王――イルゼの実父であるディオニセスだった。


「っ……!」


 ガタンッと激しい音をたてて、アラリエルは椅子から立ち上がる。その表情は更に血の気を失い、この上もない恐怖におののいていた。捕らわれの身である少女は、この部屋にディオニセスが現れた意味を恐らく察しただろう。そして、それはイルゼも同様だった。


「今まで余は其の方に選択の猶予を与えたつもりだった。安らかなる死か、それとも屈辱にまみれた生か。そしてこの二年間、其の方は敗戦国の女として恥辱のもとに生き続けた。それは、其の方の覚悟が定まったとみても良いのだろう?」


 ディオニセスは抑揚なく言葉を紡ぎながらアラリエルに向かって歩んでくる。だが、その歩みは酒でも飲んでいるのか、どこかおぼつかなかった。そんな隙を狙ったかのように、アラリエルは脱兎の如くディオニセスの傍らをすり抜け、部屋の外へと向かって逃げ出そうとする。しかしディオニセスは存外に素早い動きで振り返ると、アラリエルの豊かな青銀色の髪を無造作に引っ掴んだ。


「きゃあっ!」


 アラリエルは悲鳴を上げる。そのままディオニセスは乱暴に少女を引き寄せると、彼女の身体を背後から両の腕で絡み取った。


「……いやっ! 放して、放して!!」


 若木のように細い少女の身体は、屈強な男の腕に締めつけられる。


「いくらでも待つといい、其の方の愛しい男とやらを。いつまでも望み続けるといい、いつの日か自由になれる我が身を。だが希望を持つことが許されるのは、其の方が屈辱に耐え続けていられる間のみだ。耐え切れなくなった時は――その命を絶ってしまうといい」


 ディオニセスはアラリエルの華奢な顎を掴み、その耳元に分厚い唇を寄せて囁いた。アラリエルは青ざめた顔を強ばらせ、ひっと小さく声を洩らす。


「どれ、余がその覚悟を見定めてやろう。きっと其の方には、これ以上の屈辱を受け入れて、耐え抜こうとする確固たる意思があるのであろう?」


 ディオニセスは抱いていたアラリエルを無造作に寝台へと放り投げた。アラリエルはすかさず四つん這いになり、這うようにして寝台の上から逃れようとする。しかしディオニセスは、そんな少女の背に容赦なくのしかかっていく。


「いっ……嫌っ! 嫌あっ!!」


 アラリエルの絶叫が夜の一室に響き渡る。


 満月の白い明かりが、イルゼの前に無慈悲な過去を曝け出した。母である少女は狂ったように泣き叫び、父である男は自らの欲望を遂げんと荒々しい振る舞いを繰り返す。


「我が母は、その身を敵である者に汚されながらも気高さを失わず、この皇城でたった一人、余を待ち続けた。さてアラリエル王女――貴女はどうであろうな……」


 ディオニセスは熱に浮かされたような声音で一人ごちる。


 男の大柄な肉体が少女の白くたおやかな身体を飲み込んでいく。その時、アラリエルは何かを叫んでいたのかも知れない。だが、その声がイルゼの耳に届くことはなかった。


「もうやめてくれっ!!」


 イルゼは自分の悲鳴で全てを掻き消していた。


「もう……もう、やめてくれ……お願いだから……」


 イルゼは懇願し、その場にくずおれて啜り泣く。


 自分は分かっていなかった。理解していなかった。どれだけ自分が穢れた過去から生まれたことを――


 さわりとイルゼの耳元を風が過ぎる。そして木々のざわめきが聞こえてきた。

 それは周囲の風景が変わったことを意味していた。イルゼは恐る恐ると顔を上げる。


 陽光に照り輝く新緑の絨毯。蒼空の背景には青葉を伴う枝が競うようにして伸びている。そこは風が生み出す葉擦れのさざめきと、鳥の細やかな鳴声が降り注ぐ目映い空間――

 そんな光で満ちた中を一人の男が歩いてくる。


「……父さん!」


 イルゼは叫んだ。それはイルゼの養父ダグラスだった。


「父さんっ、父さん!」


 イルゼは縋るように養父を何度も呼ぶ。しきりに愛情を求めていた幼い頃のように。

 だがダグラスは、そんなイルゼの横を表情も変えずに過ぎ去っていく。


「父さん……!」


 イルゼは愕然として養父を振り返った。するとその先に――ダグラスが真っ直ぐに向かっていく方向に人影を見出す。


(……あれは――)


 おもむろにイルゼは立ち上がって養父のあとを追った。


 ダグラスは一足先に、その人影の前に立っていた。イルゼも養父の横に立ち、人影だったその人を確認する。


「――う……あっ……」


 イルゼは息を詰まらせ、その反動で震える声を洩らした。

 ダグラスが見つめ、イルゼが目にした者――それはアラリエルだった。身体全体を固定できるような大型の車椅子に、彼女は人形のように乗せられていた。


 少女の瞳には生気や意思が一切、窺えなかった。瞬きもなく視線の動きもない。それはまるで二つの穴に填め込まれただけの濁った硝子玉のようだった。愛らしかった唇は乾き切って色艶を失い、締まりなく開いたままで、白く美しかった肌は病魔に冒されたかの如く青白く変色している。眼窩は窪み、頬はそげ落ち、艶やかだった青銀色の髪は耳の下まで短く刈られ、ところどころに白い筋までも窺えた。


 二年の幽閉を経ても失われなかった美貌は今やすっかりと鳴りを潜め、アラリエルは薄気味の悪い人形に成り果てていた。そして細り切った彼女に寄生するかのように膨れ上がった腹――それだけが不気味なほどに存在を顕示していた。


 周囲は光と生命で溢れ返っているというのに、彼女だけが異質の存在のような雰囲気を放っている。


「……アラリエル王女……」


 ダグラスは少女を呼び、その頬にそっと触れた。だが彼女は少しも反応を示さない。


「俺のしたことは、間違っていたのか――……」


 ダグラスは苦渋に歪んだ顔を両手で覆った。


 それはイルゼにとって、最も敬愛する者から自身の正当性を否定された瞬間だった。




「よーし、それら二つの飾り箱は、ここへ静かに置いてくれ」


 荷の搬入を指揮する壮年の兵士が、年若い兵士達へと命じる。


「いいか、ぶつけたり、落としたりなんかするんじゃあないぞ。何せラートリー皇女殿下から献上された大切な品々が入っているのだからな。くれぐれも丁寧に扱うように」


 そんな上司の言葉に兵士達は規律性に富んだ応答を返して、慎重に飾り箱を指定の位置へと安置する。


「よし、これで全ての荷の搬入は完了したな。では、さっさと撤収だ。お前達は先に外へ出て、出発の準備を整えておけ。もたもたしていると、あの陰気で薄気味の悪い連中に追い立てられることになるぞ」


 冗談か皮肉か判断に迷うような口調で壮年の兵士が言うと、部下である兵士達は慌ただしく薄暗い宝物庫をあとにする。


 そこに一人残された壮年の兵士は、搬入された荷の目録を手にしながら最終確認を始めた。荷の合間を一通り歩き回って「ふむ、問題はないな」と一人ごちると宝物庫の入り口に向かう。そして扉の前に立って室内を顧みると、


「……それにしても陛下は何故、あのように得体の知れない者を重用するのか。この薄暗い離宮で彼らと共に過ごさなければならないイルファード皇子には、ご同情を申し上げるしかないな」


 壮年の兵士は憂うような独白を残して、ゆっくりと宝物庫の分厚い鉄扉を閉ざした。石造りの空間に重苦しい音が響き渡り、完全なる暗闇が宝物庫を支配する。


 去っていく兵士の足音が遠のいて最後には消え失せると、辺りは固い静寂に包まれた。しかし、それは束の間で、すぐに暗闇の中で何かが動き始めた。


 初めは恐る恐る、だが、だんだんと待ちきれないような様子で動きが激しくなっていく。そしてガタンッといった物音と共に「ぷはあっ」という大仰な息継ぎが闇の中で響いた。


「はあ、外の空気が美味い……」


 しみじみとした少年の感想に、女の声が苦笑する。


「今、明かりを灯しますね」


 次の瞬間、暗闇を退ける仄かな灯火が現れた。


「どうやら上手く侵入できたみたいだな」

「ええ、これも気転をきかせてくださったラートリー皇女のおかげですね」


 明かりで浮かび上がったお互いの顔を見て、セレファンスとレシェンドは満足そうに頷き合った。


「さっきの兵士の独り言からして、やっぱりイルゼはこの離宮のどこかにいるんだな」


 セレファンスは今まで籠っていた飾り箱の中から抜け出し、まるで起き抜けのように身体を思い切り伸ばした。そして「うん、やっぱり男の格好は楽でいい」と嬉しそうに笑う。


 現在のセレファンスは本来の少年姿に戻っている。アドニスの皇城にいる間は殆どの時間を少女として過ごしていたという話だから、よほどの解放感に浸っているらしかった。


「こう申してはなんですが、私もやっとセレファンス様との再会を果たせた気分です」


 レシェンドも安堵したように言った。少女姿のセレファンスはあまりにも違和感がなさ過ぎて、見てはいけないものを見ているような、どうにも複雑な心境を拭えなかったのだ。


「レシィ、悪かったな。再会した早々、こんな危険なことに付き合わせて」


 急にセレファンスは声音を真面目なものに変えてレシェンドを見た。その表情には申し訳なさが満ちている。


 レシェンドはセレファンスの専属騎士という立場だ。その任務はセレファンスが幼い頃に彼の父親であるリゼット皇王から与えられたものであり、レシェンドの主君は形式的にはリゼット皇王となる。だが、あえていうと、彼女の忠誠は金髪の少年に重きを置いている。それは彼女自身も周囲の者も口に出すことはしなかったが、リゼットでは暗黙の了解となっていた。


 だからセレファンスが今のような負い目を自分に感じる必要はないとレシェンドは当然のように考えている。ところがこの少年は、時として彼女に遠慮のような素振りを見せる。


(それは立場を弁えたセレファンス様の誠実さからだと理解はしているが、せめて自分にだけは、そんな憚りなど不要であって欲しいのだが――)


 もしもセレファンスが、そんなレシェンドの想いを理解していたのならば、今回のように離れ離れになるような事態は避けられたかも知れない。


 おもむろにレシェンドはセレファンスの前に片膝をついた。佩いた剣を鞘ごと引き抜いて地に突き立てる。そして祈るように両手で握り締め、黒い双眸を真っ直ぐに金髪の少年へと向けた。


「レシィ?」


 セレファンスは驚き戸惑った声で女騎士の名を呼ぶ。


「……私は、心からの忠誠をセレファンス様に捧げております。ですが今回、私の覚悟が至らなかったばかりに、セレファンス様にはいらぬ気遣いを抱かせる結果となってしまいました。どうぞ今後は、貴方様が思う通りになさってください。私はセレファンス様の身を守る盾となり、その信念を貫くための剣となりましょう」


 今、レシェンドがセレファンスに向けている所作は、上級騎士の者が唯一無二と認めた相手に対して一生涯の忠誠を誓う儀礼だった。騎士となるために受ける叙勲の際にも時の皇王への忠誠は誓うが、この儀礼はそれよりも個人的な色合いが強い。また必ずしも必要とされていないこともあり、多くの場合はなんらかの武勲を上げた者に与えられる特権として皇王に捧げられることが多かった。


「レシィ、それは」

「承知しております。ですが今、私にとっては必要なことなのです」


 セレファンスは逡巡している。無理もない。いくらセレファンスが次期リゼットの皇王とはいえ、今はまだ皇子の身分である者に対して、それを行うことは非常に稀だったからだ。

 それに加えて、セレファンスの父親である現皇王のラルフレッドは皇統を持たない。穿った見方をすれば、皇統を持たない現皇王を蔑ろにする行為とも取れる。


 セレファンスは暫くの間、そんなレシェンドを困惑したように見つめていたが、次にはその決意を受け入れるために表情を引き締め、彼女の頭上に指先を寄せる。


「……レシェンド=アルヴィース、我は汝を認む。その身が天と地の合間にある限り、その誓約を果たせ。その契りに背くことは許されず、忘れることなかれ」


 セレファンスが儀礼に乗っ取った口上を静かに述べると、おもむろに続ける。


「俺はレシィを誰よりも信頼してる。それに家族と同様にとても大切なんだ。今まで俺を支えてくれて本当にありがとう。これからもよろしくな」


 先程とは違う真っ直ぐな言葉でセレファンスは言った。それにレシェンドは「はい、もちろんです」と微笑んで答える。


「ところで、いきなりだったから、間違ってなかったか? 今の口上……」


 やるならもっと格好良くやってやりたかったのにとぼやいたセレファンスに、レシェンドは苦笑した。


「いいのですよ、私にとっては、セレファンス様のお気持ちが何よりも大切なのですから」


 そうして二人は宝物庫を抜け出すための行動を開始した。まずは兵士が閉めていった鉄製の扉を確認する。しかし案の定、外から鍵がかけられており、内側からも鍵を外すことは不可能だった。次に暖炉の煙突や床近くに設置された空気穴を覗いてもみたが、これらは明らかに小さ過ぎて通れそうにもない。最後に発見したのは、木戸に塞がれた高い位置にある小窓だった。それが唯一、外への出口となりえそうな場所だった。


 早速、彼らは小窓に近づくため、そこらにあった箱を積み上げ始めた。


「それにしてもさ、レシィ」


 セレファンスは適当な箱を的確に積み上げながら苦笑交じりに言った。


「さっき俺に向けてくれたのは『忠誠の礼』って呼ばれるものだ。あれは騎士にとっては晴れの舞台で、皇王相手に公式なものとして行うのが普通だったはず。それなのにこんな薄暗いところで、俺相手に済ませちゃって後悔しないのか?」

「……セレファンス様、それは本気でおっしゃっているのですか?」


 レシェンドが少しばかり声音を低めて問い返すと、セレファンスは慌てて訂正した。


「いや、別にレシィの決意や真意を疑ってるわけじゃなくて。父上には優秀な騎士の忠誠を奪うようで悪いんだが、俺としてはもっと先の話だと思ってたし、今の俺はまだそれに相応しい立場じゃないし、まだまだ経験や知識だって足りないしさ」


 そんなセレファンスにレシェンドは一旦、作業を停止させると、言葉を選ぶようにして言った。


「……忠誠を得るのに必要なのは、決して年齢や身分ではありませんし、ましてや望んだからといって手に入れられるものではないでしょう。私は陛下から命じられ、幼い時分からセレファンス様に仕えて参りました。不遜な物言いではありますが、そこから私は貴方様を見定めたのです。私は自分の目を信じます。私の真の忠誠は、セレファンス様以外に向けられることは決してありません。そしてそれは、セレファンス様が信じるものを私も同様に信じ抜くと決めた今だからこそ、貴方に知っていただきたかったのです」


 今後、セレファンスが自分という存在を最大限に活かせるように。そして、自分の存在が決してセレファンスの妨げとならないように。


「分かった、レシィの気持ちは嬉しく思う。だったら俺は、その決意と期待を裏切らないように進むだけだ」


 セレファンスはしっかりと頷き、次には今の状況を思い出した。


「だけど当面の問題は、この薄暗い宝物庫から脱出することだな。それにしても全く当てが外れたよ。ラートリーからの個人的な贈答品なら、てっきりイルゼの部屋に運ばれるものと思っていたのに」

「そうですね。単に部屋へ運ぶ品を制限しているのか、それともすでに運ぶ必要性がないのか――」


 レシェンドの言葉に含まれる意味をセレファンスは的確に理解して答えた。


「いや、イルゼは無事だ。この世界が今も存在していることが何よりの証拠だろうさ」

「そうですね。イルゼという〈鍵〉が捧げられた時、〈破壊の王〉は目覚めて世界は滅びる――そんな言葉を予言としておっしゃっておりましたね、ラートリー皇女は」

「ああ。でも、それを現実になんてするものか。いや、させてたまるか、そんなもの」


 セレファンスの決意にレシェンドも強く頷く。そのために自分達は今まで大陸中を旅してきたのだ。そして今こそ、その旅と目的を終わらせなければならない。


「よしっと、これでいいな」


 再開した箱積みを完了させ、セレファンスは満足そうに言う。


「それじゃあ早速、俺が窓の状態を調べてこよう」


 セレファンスは言ったが早いか、ひらりと舞うように積み上げられた箱の上へと飛び乗り、素早く即席の階段を登り始めようとする。そこでレシェンドがすかさず制止の声を上げた。


「ですからセレファンス様、そういうことは私が」

「俺の信じるものはレシィも信じるんだろう? ここは身の軽い俺のほうが適任だ、そう俺は『信じてる』。だからレシィは黙って見てろって」


 そう言い残して意気揚々と登っていくセレファンスに、レシェンドは深々と溜め息をついた。

 これでは真意の取り違えもいいところだ。とはいえ、悪戯っぽい笑みを浮かべて言っているところをみると、本当に理解していないわけではないだろう。だからこそ、タチが悪いというものだが。

 この調子では、ご自分に都合の良いところで「信じてるんじゃなかったのか」の一言で私を黙らせようとするのでは――とレシェンドが心の中で憂いていると、彼女の耳がここに向かって近づいてくる音を捉えた。


「……セレファンス様!」


 レシェンドは抑えてはいるが鋭い声を上げる。


「何者かが、こちらへ向かってきています!」


 その警告を聞き、セレファンスは素早くレシェンドの元へと下りてくる。


「四人……いや、五人か。取りあえず身を隠そう。これが千載一遇の機会となるか凶となるか――運試しだな」


 金髪の少年は望むところだと言わんばかりに口端を歪めた。

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