第25話 それぞれの道
「グリュワードさん、一体これはどういうことですか! そんなことを無断で父に知らせるなんて!」
デリックが強張った顔でグリュワードを振り返る。それにグリュワードは表情を困らせ、その問いに返答したのはウォーレスだった。
「グリュワードは昔なじみのよしみで、お前達の近状を手紙の中で知らせてくれただけだ。お前に責められるいわれなどない」
淀みなく父親に切り返され、デリックは苦々しい顔つきになる。
「それよりも来期、ツワルファとの契約を継続しないというのはどういうわけか」
続けてウォーレスに問われ、デリックは半ば開き直ったように、
「どういうわけも何も、それはツワルファの族長殿のほうが良くご存知ではないでしょうか」
皮肉な口調で答え、ちらりとガルダを見やった。
「ああ、聞いた。だが、それについてサニエルは、そんな結果を招いたのはお前がツワルファに支払う報酬を抑え過ぎたからだと主張しているが、それについては?」
ウォーレスの言葉にデリックは舌打ちをこらえたような顔つきになる。そして一瞬、サニエルに目を走らせたが、すぐに気を取り直した様子で父親へと向き直った。
「確かに彼らへの報酬は最盛期から比べると、かなりの割合で落ちています。ですが、それは仕方のないことでしょう? ツワルファの手がけている製品の販売高が、ここ数年、伸びるどころか落ち続けているのですから。商品は売れなければ意味がない」
「もっともな答えだが、その原因を指揮している者が言う台詞ではないな。ツワルファの製品が売れないのは、アーロイスが他で作らせた類似品が市場に多く出回り、それが圧迫しているせいではないのか?」
鋭い視線でウォーレスはデリックを睨みつけた。すると観念したようにデリックは認める。
「……まあ、影響がないとは言えませんね。ですが購入する人々が、そういう気軽に買える製品を求めているのです。であれば、その要望に応えるのが俺達売り手ではないでしょうか」
「お前は目先の利益にしか頭が回らないのか。良い素材を使い、長年の知恵と技術によって作られた製品の価値が認められるのは長く使われ続けてこそだ。すぐにその真価を問われるようなものではない。今は皆、値段が安いだけの品に目を奪われているようだが、そのうちその違いに気づくだろう。それでもお前は、付け焼き刃のような製品を売り続けるつもりか? それこそアーロイスの名を貶めているようなものなのだぞ!」
「……そう決めつけるのは、いかがなものかと思いますがね」
反抗的な言葉だが、デリックの声音からは明らかに自信が失われていた。
「私が何も知らないとでも思っているのか? お前とて気づいているはずだ。ここ最近、類似品の販売高の伸びが滞っているだろう。恐らく今後も急激に伸びることはあるまい。それどころか、あとは減り続けるだけだ」
ウォーレスの冷厳たる声に、もはやデリックは沈黙していた。
「今ならまだ間に合う。少しでも早く類似品の生産を他に移行していけば損害を抑えることができるだろう。恐らく、お前もそう考えているはずだ。しかし、それを実行することは、お前の見通しの甘さを認めることになる。陣頭指揮を取っていた身としては辛いことだろうが、過ちを認めることに躊躇いを持つな。お前はまだ主峰としての経験が浅く、間違いはあって当然なのだ。大切なのは、いかに素早く的確に軌道修正を行えるかだ。それはお前一人でできるものではない。他の言葉に耳を傾けろ。それらは良くも悪くも役立つものだ。そして、それらの真価を見抜く英知を養え」
父親の説法を聞き終え、デリックは暫くの間、不機嫌に黙り込んでいた。だが自身の中で折り合いをつけたのか、不承不承に頷いた。
「分かりました。それについては我が商会で検討します。ですがツワルファ族の件はどのようにお考えですか?」
「そうだな……本当ならば、お前とツワルファ族の仲介に当たろうと思っていたのだが」
「前から思っていましたが、父さんは少しツワルファ族に肩入れをし過ぎではありませんか?」
「肩入れ、というよりも、彼らとの繋がりは私にとって貴重なものだった。アーロイスは私の代で成り上がった。その功績はツワルファ族の力添えなくしてはありえなかったのだ」
ウォーレスは過去に思いを馳せるようにして言った。デリックは、そんなことは初めて聞いたとばかりに目を見開く。
「もう何十年も前の話だ。それこそ、お前達が生まれる前のな。その頃、私はアーロイス商会を立ち上げたばかりで、他商会の下請仕事ばかりを担っていた。だが、それだけではいつまで経っても発展性がない。なんとか自製品の開発を――と思っていた矢先、その頃から親しかったグリュワードがツワルファの青年を一人、連れてきた。それが、まだ族長になる前のガルダだ」
サニエルが驚いたようにグリュワードを見る。
「じゃあ、グリュワードさんがアーロイスとツワルファの関わりを作った人だったんですか? てっきり僕は、父さん自身がツワルファの工芸品に可能性を見いだしたからアーロイス商会に引き入れたのだとばかり……」
「いや、そうだ。ツワルファの作り出す工芸品を見込んだのは君の父グリュワード氏だよ。私はただ、信頼のできる業者を紹介してくれるよう、組合に頼んできたガルダを一組合員の責務としてウォーレスに引き合わせただけだ」
懐かしそうに言葉を紡ぐグリュワードに、ウォーレスは軽く笑った。
「いや、お前がいなければ、ああもガルダとの契約は上手くいかなかっただろう。なにしろ私とガルダは、話し合いの席に着けば啀み合いばかりで仲が悪かったからな」
それに対してガルダは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「お前がらしくない療養なんぞで田舎に引っ込んだ時は清々としたものだが、まさかその息子も、お前とそっくりの、いやそれ以上の頑固者だと気づいた時には血のなせる業を恨んだがな」
言っていることは嫌味だが、そこには不思議と悪意が感じられない。
そんな父親達の様子に、サニエルとレワ、デリックは少々呆気に取られていた。そんな彼らにグリュワードは苦笑しながら、
「アーロイスはツワルファの工芸品を独占的に取り扱ったことで盤石を築いたんだよ。ツワルファの工芸品も当初は街角の露店で雑多と混じって売られているような商品だったんだが、アーロイス商会の戦略によって唯一無二の銘柄として確立できたんだ」
そういえば、と、それらの話を横で聞いていたイルゼは思い出す。レシェンドにツワルファの染め布を贈った時、それらしいことを彼女も言っていた。
「だが、あれからアーロイスは大きく変わった。本当ならば、こうした衝突が起こらないよう、お互いの転換期を予測して対策を立てておくべきだった。そうだろう、ガルダ?」
ウォーレスに視線を向けられ、ガルダは一瞬、当惑の表情を浮かべたが、すぐに小さく溜め息をつくと「そうだな」と頷いた。
「だが、正直なところ、今の我々に未来などあるのか――。今日の一件でウラジミールでのツワルファの印象は最悪となり、挙げ句、アドニスの件も立ち消え……」
そう言ってガルダは気の毒なほどに肩を落とした。
「どういうことです、それは?」
デリックが眉を顰めると、ガルダは自嘲気味に口端を歪めた。
「恥ずかしい話だが今回、リィバ達の悪事に加担し、火炎剤やらその使用方法を与えたのは、かのアドニスからきた客人だったのだ。先程、リィバからの話で判明してな。まさか、このようなことをする輩には見えなかったのだが……」
ガルダは再び肩を落とす。それにウォーレスは言う。
「だがその男は今、行方知れずなのだろう? ならばお前は完全に騙されたのだな。何が目的だったのか、いまいち良く分からんが、もしかしたら街の騒ぎに乗じて一稼ぎを目論む盗賊の類だったのかも知れん。最長老殿への密告は、あまりにも事が大きくなって臆したためではあるまいか。まあ、なんにしてもガルダ、お前は相変わらず甘い。素性も分からぬ男の甘言に軽々しく乗ろうとするとは……。商才のない己を認めて他の助言を請えばいいものを」
やれやれといった様子のウォーレスにガルダは剣呑な視線を放ったが、それも束の間、すぐに悄然と肩を落とす。
「……確かに我らは元来、閉鎖的な民族で商売の機微にとんと疎い。だが、少しくらいの野心を抱いたとていいだろう。お前は身の程を知れと笑うかもしれんがな」
「別に、そんなことは言わんさ。野心や欲望は進化の源だ。それを本当に望むのならば、身の丈を合わせようと努力と工夫をすればいい。まあ、それも正道で行わなければ破滅をもたらすのみだろうが」
ウォーレスは意味ありげにデリックを見た。それに気づいたデリックは肩を竦めただけだったが。
「ガルダ、お前には長年世話になった。いがみ合いながらではあったが私は感謝している。憶えているか? 私達の始まりは、中央広場に面する小さな事務所だった。今ではあの辺りも開発が進み、すっかりと変容した。事務所の場所などは、いつの間にかウラジミールでも最高の一等地となっているが」
ウォーレスは視線を遠くに向けたまま、ガルダに話しかける。そんなウォーレスの真意をガルダは測りかねている様子だったが、それでも「ああ」と頷いて同意した。ウォーレスはガルダを見て更に続けた。
「私は今日という日、お前達がアーロイスから独立することを祝って、その事務所であった一軒をツワルファに贈ろうと思う」
「――なに?」
「なんですってっ?」
ガルダの訝しげな声とデリックの悲鳴のような声が重なった。
「父さん、それは、あの中央広場にある一区画のことを言ってるんですか!?」
慌てふためきながら確認を取るデリックに、ウォーレスは「そうだ」と悠然な態度で頷いた。
「何を馬鹿なことを! あそこの区画は、今じゃあ、どう足掻いたって簡単には手に入らない場所なんですよ! 他の商会だって喉から手が出るほど欲しがっているのに……っ! 俺にしても、父さんからの許しさえあれば、あそこに店を出したいくらいなんです! それなのに父さんは何故か、あそこはあのままにしておくと言い張って……!」
「それのどこが悪い。あそこは私個人の所有物だぞ。どうしておこうと私の勝手で、お前に文句を言われる筋合いなどない」
ぴしゃりと言い放つウォーレスに「それはそうかもしれませんが……」とデリックは言い淀む。
「でも、だったら今になって何故、むざむざツワルファにやるなどと」
それでもやはり諦めきれない様子で、デリックは更に言い募ったが、
「言っただろう、祝いの品だと。それ以外に意味はない」
ウォーレスはにべもなく答えた。それにデリックは「そんな」と呟き、情けない顔を見せる。
「どういうことだ、ウォーレス。あの場所を我らにくれるというのか」
動揺を隠せないガルダにウォーレスは、
「あそこをツワルファの工芸品を扱う直営店にすればいい。立地は最高だから、上手くいけば注目を集めるだろう。ただし一つだけ条件がある――というか、副賞がある」
「副賞?」
ガルダは怪訝に眉を顰めた。
「サニエル」
ウォーレスは二番目の息子を呼んだ。サニエルは突然のお呼びに戸惑った様子だったが「なんですか、父さん」と、すぐに父親の傍らへと近づいていく。
「これが副賞だ。そこでの商売は、サニエルと相談しながらやっていくといい」
「……えっ!?」
「なんだとっ!?」
サニエルは驚き、ガルダは色をなした。
「サニエルは若いが、上学院で経営学を専攻していた。その知識はきっと役に立つ。多少、頼りなさは見受けられるが、それはこれからの経験で養われていくことだろう」
「何を言って……そんなことが……」
ガルダはうわ言のように言い、サニエルは「父さん、それはあんまりにも……」と眉根を寄せてウォーレスを見る。
「なんだ、サニエル、お前は嫌なのか」
「いえ、そんなこと。是非、やらせて欲しいくらいです。でも、ただ……」
そこまで言ってサニエルは遠慮がちにガルダを見た。しかしウォーレスは満足そうに頷く。
「サニエル、お前が乗り気ならば問題はないな」
「何を言っている! 大有りだ!!」
そこで叫んだのはガルダだった。
「そいつはアーロイスの者ではないか! アーロイスからの独立うんぬんと言いながら、結局は今までのように飼い殺しにするつもりかっ!」
「飼い殺しとは人聞きの悪い」
さすがにウォーレスは鼻白む。
「だが、その点については安心しろ。これを機にサニエルはアーロイスからしりぞけさせる。今後、サニエルはアーロイスとは一切、関わりのない一個人だ。それならば問題ないだろう。デリックも承知しておくように」
デリックは素直に頷く。というより、もはや投げやりのような雰囲気ではあったが。
「だ、だが、そんなことが……」
それでも納得しかねている様子のガルダに、ウォーレスは溜め息をついた。
「ならば仕方がない。条件を変えてやろうか? そうだな……そこにいるお前の娘、レワといったか。その娘をサニエルの嫁として認めてくれるというのならば、無条件にしてやってもいいが」
にやりと笑ったウォーレスに、レワは驚いたように顔を上げると頬を赤らめた。サニエルは「父さん!」と顔を真っ赤にして叫ぶ。だが、それ以上の大声を張り上げたのはガルダだった。
「何を馬鹿なことを言っている!! レワは私の大切な一人娘だ! 異民族の男に嫁がせることなど、インザラーガの神であれ、お許しにならん!」
「おお、そうだガルダ。一つ、気になることがあっての」
ここでザカリヤが思い出したかのように声を上げた。すると水を差された様子で憮然としたガルダが振り返る。
「なんですか、最長老」
「レワとリィバの結婚を祝福するという託宣だがな、お前、あれはどこから聞いたのだ?」
「……はあ?」
ガルダは虚をつかれたような声を出した。
「どこから聞いたのかと言われましても、あれは確か、スーバー長老が最長老よりことづかったと言われて会議の場で……」
「わしは、そんな託宣、スーバーに伝えておらんぞ。そもそもレワとリィバの結婚に関することなど、託宣で受けたことなどない」
「え……」
ガルダは耳を疑うように呟き、すぐに重大なことに気がついた様子で愕然とする。するとザカリヤが深々と溜め息をついた。
「どうやら、はめられたようだの。わしが最近の不穏な空気を案じて祠に籠っていたことを良いことに託宣をでっち上げたのだろう。リィバはスーバーの娘の子だ。自分の血を引く者に族長を務めてもらいたかったのだろうが……集落に戻ったらリィバの件も含めて、こちらも詮議しなければならないの」
「……まさか、長老の一人を務める御方が、神の言葉を偽ってまで……」
ガルダは青ざめて言葉を失っていた。その様子に顔を曇らせたレワがサニエルの傍から離れ、肩を落とす父親の横に寄り添う。
「あの……!」
ここで突然、サニエルが意を決したように声を上げた。
「族長、僕をツワルファで雇ってくれませんかっ?」
「……雇う?」
続く不祥事に気落ちしているガルダは怪訝にサニエルを見た。すると青年は「はい!」と力強く頷いた。
「さっきの父の話の続きです。僕はツワルファの人達と一緒に働きたいんです。雇うとはいっても、初めは無報酬でいいんです。のちのち経営が軌道に乗り、僕の働きを認めてくれた時には、それに見合った対価をいただければ――」
「それは、お前になんの利益があるのだ? 何故、そこまでツワルファを気にかける? レワのことがあるからか」
サニエルは一瞬、言葉に詰まっていたが、呼吸を整えてからレワを見、そしてガルダを真っ直ぐに見ると、
「確かに僕はレワに特別な好意を抱いています。でも、それは個人的なことで、それとは関係ありません。ただ僕は、ツワルファの染め物が好きなんです。アーロイス商会で扱っている商品の中で一番、可能性のある技術だと子供の頃から思ってきました。だから、もっと広く多くの人達に、この素晴らしい色合いを知ってもらいたいと思っているだけです。そう思ってアーロイス商会で働くようになったけど、なかなか上手くはいかなくて……」
不甲斐なさそうに俯くサニエルをガルダは黙って見つめていた。
「……染めの技術は、ツワルファに残された最後の財産だ。おいそれと他者を信用するわけにはいかない」
ガルダの言葉に、サニエルは「やっぱり……」といったような表情で肩を落とした。
「だが、先ほども言ったように我々は、閉鎖的な環境で過ごしてきたために商売には疎い。お前ような助言者も必要だろう」
「……お父さん!」
レワが歓喜の声を上げた。サニエルは驚愕の表情を浮かべる。
「え? じゃあ、あの、僕を雇ってくれるんですか?」
「お前以外に信用の出来る者が、このウラジミールにいるのか? まずは全てが一段落した時、お前と様々なことを話し合おうと思う。これからのこと、我らツワルファのこと、そしてウラジミールとのことも――」
ガルダは思いを定めるようにして呟いた。
「あ……ありがとうございます!」
サニエルはガルダに頭を下げる。レワは青年を仰ぎ見る。
「サニエル……!」
「レワ、良かった! これでやっと僕は自分の夢を叶えられる気がするよ!」
サニエルは嬉しさを抑えきれないようにしてレワを腕に抱きかかえた。
「きゃあっ」
それに少女は小さく声を上げる。そして、子供のようにはしゃぐサニエルの腕の中で、薄く頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「い、言っておくが、私はお前達の仲まで認めたわけじゃないんだぞ!」
ガルダは堪りかねたように叫んだが、当の本人達の耳には届いていないようだった。ガルダの表情は愛娘を取られた悔しさと憤りと様々な感情で満ちていたが、娘の幸せそうな姿にどこか観念したようでもあった。
確かにレワの表情は、これ以上はないというくらいに輝いていた。ざんばらで痛々しく見えたはずの髪も、殴られた跡の残る頬も、今は気にならないほどだ。
そんな素直で愛らしい少女の姿が、ここにいる一同の心を一瞬にして朗らかにしたのは確かだった。
「あーなんか、すっかり気が抜けた」
セレファンスはどっかと地に座り込み、後ろ手をついて溜め息交じりに天を仰ぎ見る。ここは倉庫区画入り口の門扉前である。
そんなセレファンスにイルゼは苦笑し、その場にしゃがみ込むと「お疲れ様」と声をかけた。
「イルゼもお疲れ」
「でも、良かったね。サニエルさんとレワ。なんとなく上手くいきそうだし――」
イルゼは二人の幸福そうな表情を思い出しながら言った。セレファンスも微かに笑みを浮かべて頷く。
あまりにも多過ぎた犠牲の中で、イルゼは少女の笑顔に救われた気がした。それはきっとセレファンスも同じだったのだろう。
「セレファンス様」
レシェンドが二人の少年に近づいてくる。
「やはりグリュワード様は様々な事後処理が残っており、当分は帰宅が叶いそうにもないとこのとです。ですのでセレファンス様には先に戻っているようにとのことですが……どうなさいますか?」
「手伝ったほうがいいかなとも思うけど正直、心底疲れててすぐにでも寝台にもぐりこみたい気分だ。ここはお言葉に甘えて先に戻らせてもらおうか」
セレファンスの言葉にレシェンドは頷く。
「では、そのようにグリュワード様に伝えてまいりますね。迎えの馬車を邸宅から呼んでいただけるとのことですので」
「それは有難い」
セレファンスが感謝の意を告げると、レシェンドは「すぐに行ってまいります」と言って踵を返した。
その場に残された少年達は特に会話をするわけでもなく、ただぼんやりと地に座り込む。
「あ、そういえば」
セレファンスが思い出したように呟き、イルゼは「どうかした?」と首を傾げた。
「いや……俺の剣、リィバに貸したまま、どうしたっけか」
「ああ、確か――あの化け物に跳ね飛ばされて、そのまま」
イルゼの答えに金髪の少年は溜め息をついた。
「仕方がない、捜してくるよ。イルゼはここで待っててくれ」
重たそうに腰を上げるセレファンスを見て、イルゼは「僕が捜してこようか?」と申し出る。
「セレ、疲れてるんだろう? ここに座り込むまでは足元さえおぼつかないみたいだったし」
イルゼの指摘にセレファンスは軽く眉根を寄せる。この少年は人に気遣われることをあまり良しとしないのだ。ただし相手が家族同然のレシェンドであれば別だったが――
「もう十分に休んだから大丈夫だ」
案の定、ぶっきらぼうに答えるセレファンスだったが、その顔は薄明かりでも分かるほどに青白い。
「いいからセレはここで座って待ってて。僕が行ってくる」
なおも立ち上がろうとするセレファンスを押しとどめて、イルゼは元気良く立ち上がった。
イルゼも確かに疲れてはいるが、セレファンスほどではない。彼の異常な体力の消耗は、何度も〈マナ〉を行使したがゆえだろう。
「……分かった、任せるよ」
根負けしたようにセレファンスは地に座り直す。それにイルゼは「きっと誰かが拾ってくれてると思うから、すぐに見つかるよ、待ってて」と、その場から離れようとした。
「あ、イルゼ!」
突然、セレファンスが呼び止めてきた。
「何?」
「あ、いや……気をつけていけよ」
取ってつけたかのような言葉に、イルゼは「大丈夫だよ、すぐに戻るから」と笑って倉庫のほうへと足を向ける。
しかし、セレファンスがその場でいくら待とうとも、イルゼが戻ってくることはなかった。
そして、その時をもって金髪の少年は〈神問い〉から得た嫌な感覚――警告が、このことを示していたのだとやっと気づいたのだった。
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