第3話 英雄は剣となって返る
う……うう……ここはどこだ? 俺は確か、エクスが襲われそうになったから戦って……それで……そうだ。俺は後ろからの奇襲に気が付かず、剣で突き刺されたんだ。英雄が田舎の裏ギルドの戦士に殺されるだなんて……まぁ、俺も何回も人を殺したし、ろくな死に方はしないと思っていたが。
「気が付きましたか? ヴァーギン・カリド」
女性の声が聞こえた。俺は周囲を見回し、白いドレスを着た女性の存在に気付いた。周囲は光で輝いているため、天使か何かかと思った。
「まさか、天使みたいな存在がいるとは思わなかったぜ」
「私は似たような存在です。命を落とし、天へ昇った魂の今後を決める係だと思ってください」
魂の今後か。ま、俺は死んだようだし、今後どうなるかこの人次第というわけか。
「俺はどうなるんだ? 別の存在になって生き返るのか?」
「そうですね。本来だったら次はどんな世界で、どんな存在となって転生するか決めるのですが、あなたみたいな特定の得を積んだ方は特別で、転生方法を自分で決めることができるのです。それと、前世での記憶を持った状態で転生が可能です」
転生方法を決めることができるのか。ふむ……俺はあの世界でやり残したことがあるから、絶対にそれをやり遂げたい。そう考え、俺はこう言った。
「元いたフログリーンと言う世界に転生はできないか?」
「できますね。ただ、それだと人以外の存在に転生することになりますが」
「何だと?」
「言い忘れましたが、元いた世界に転生する場合は命を落とした時の存在には転生できないのです。記憶を持っている以上、変なことをする可能性がありますので」
そうか。そういうルールか。ふむ……一体どうすればいい?
あれから二日が経過した。英雄ヴァーギンの死はあっという間に全世界に広がり、各地から名だたる戦士たちがファストの村にやって来た。
「うわあああああ! ヴァーギンよぉ、どうして死んじまったんだよぉ!」
「このギルドの女の子を庇って死んだらしい」
「うおおおおお! お前らしい死に方じゃねーか! 最後までカッコイイだなんてよぉ!」
ヴァーギンさんと一緒に働いたことのある戦士たちは皆、大声で泣きながらヴァーギンさんの死を悲しんでいた。一部の戦士はヴァーギンさんが庇った少女が私であることを把握し、君に責任はないと励ましてくれた。だが、責任は私にある。私がもう少し強かったら、ヴァーギンさんは死ななくて済んだ。
そう思っていると、村のギルドの嫌われ者がやって来た。アーボン。アーボンはヴァーギンさんがファストの村にやって来た時に絡んで返り討ちにされた。それから少し大人しくなっていたというのに、彼もヴァーギンさんの死を悲しんでいるのだろうか。
「クソッたれ! あんたは俺が倒すと決めたのに、勝手に死ぬなよ!」
この言葉を聞き、戦士たちがこいつ、何を言っているんだと言いそうな目で彼を見つめ始めた。その視線に気付いたアーボンは動揺したが、私を見て近付いた。
「おいエクス! 話は聞いたぞ、ヴァーギンはお前を庇って死んだんだってな。あの時お前が死ねばヴァーギンは死ななくて済んだのによー! この役立たずが!」
「おいデカブツ! それは言いすぎだ!」
「この少女に罪はない!」
「だったらお前が戦えばいいだろうがゴリラ野郎!」
いろんな戦士が声を上げてアーボンに近付いた。中には、アーボンの顔面を殴る人もいた。村の戦士やヴァーギンさんの知り合いは私を励ましてくれ、別の戦士はアーボンのことを睨んでいた。しばらくして、自分がここにいてはまずいと察したアーボンは、大きな舌打ちをして会場から出て行った。
「あんな底辺の戦士の言うことを聞いてはいけない。君はあいつより強い」
「は……はぁ」
戦士の一人は私にこう言った。だが……私はそんなに強くはない。
それから数時間が経過した。ヴァーギンさんの遺体が入った棺は運び出された。
「なぁ、ヴァーギンさんの遺体ってどこに収容されるんだ? あの人って確か、故郷は……」
「ああ……だが、英雄だから大きな国の教会に運ばれると思うぞ」
そんな会話が聞こえた。もし、余裕があればヴァーギンさんのお墓参りに行こう。そう思っていると、外から悲鳴が聞こえた。何事かと思いながら外を見ようとすると、部屋の中に何かが投げ込まれた。それは、外に出て行ったアーボンの頭だった。誰の仕業と思っていると、武器を持った集団が部屋の中に入ってきた。
「どもー。今日の昼間は世話になりましたねー」
あいつらは裏ギルド、ヤラーレム。仲間とリーダーを倒されて、やり返しに来たのか?
「英雄はどこに行ったか教えてくれませんかねぇ?」
「誰が教えるか。お前らみたいな裏ギルドに、英雄が眠る場所を教えるわけにはいかん!」
戦士の一人がこう言ったが、奴らはその戦士に向かってボウガンを放った。ボウガンの矢は戦士の胸を貫き、そのまま後ろの壁に激突した。
「ちゃーんと教えてよ。ママに教えてもらえなかったの? 人の質問にはちゃんと答えろと」
「お前たちみたいな裏ギルドの質問に答える義務はない! 英雄ヴァーギンの仇、ここで倒してやる!」
戦士たちはそう言ってヤラーレムに襲い掛かった。ヤラーレムの連中も反撃するため、武器を持った。私は外に逃げ、戦いが収まるのを待った。しかし、ヤラーレムの一部が私の前に立っていた。
「フヒヒヒヒ~。可愛い嬢ちゃんみーつけた」
「おいおい、結構乳がでかいじゃん。そのデカパイでグヒヒヒヒ」
「とりあえず捕まえようぜ。服を剥ぎ取るのはその後のお楽しみということで」
ま……まずい……今は武器を持っていない。いや、私は人を斬れない! 怖い、人を斬るのが怖い! どうしよう……誰か……誰か助けて!
外の状況を見た俺は、急いであの女性の元へ向かった。このままだと、エクスが酷い目に合う! だが、転生できても人として転生することはできない。どうする? 何かいい方法があるはずだ。何かに転生して、エクスを助けることができる方法が! 虫に転生するか? いや、それじゃあ言葉は通じない。犬や鳥になっても言葉が通じない以上、どうすることもができない! それに、奴らは武器を持っているから非力な動物じゃあ返り討ち。かといって、肉食獣に転生しても恐れられる。どうすればいい? エクスが剣を持っているなら、何か……剣? そうだ! 俺が剣に転生して、エクスの元へ向かえばいい。そう思った俺はあの女性にこう言った。
「俺を剣にしてくれ!」
「転生元は剣でいいのですね? それでいいんですね?」
「ああ。俺より才能のある剣士がピンチなんだ。早くそいつの元へ送ってくれ!」
「才能のある剣士? ああ、エクス・シルバハートの元へですね。分かりました。すぐにあなたを変形させて転生させます」
あの女性はそう言った後、不思議な言葉を呟いた。その直後、俺の体は白くなって剣のような姿になった。そして、足元には不思議な模様が現れて光を発し、俺を包み込んだ。
「では、剣としての人生を歩んでくださいね」
と言って、あの女性は手を振って俺を見送った。待ってろエクス、すぐに助けに行く!
私は逃げた。それしかできない。武器を持っていても、私はあいつらに歯向かうことはしないだろう。
「オイ、待てよ嬢ちゃん!」
「ゲヒヒヒヒヒ! 俺たちとイイことしようぜ!」
「どこへ逃げるつもりかね?」
私がどれだけ走っても、奴らはしつこく追いかけて来る。無我夢中で逃げていたが、私は途中で転倒してしまった。その隙に奴らの一人が私の足元を掴み、下種な笑みを浮かべていた。
「ゲヒヒヒヒヒ! 諦めが悪い嬢ちゃんだなぁ。勝つのは俺たちみたいな力のある奴だよ!」
と言って、奴は綱を引っ張るように私の足を移動させ、私のズボンを下ろそうとした。こ……このままだと私は殺されるよりひどい目に合う! そんなの嫌だ、絶対に嫌だ! 誰か、誰か助けて!
私は心の中でそう叫んだ。その願いが通ったのか、上から何かが降ってくる音が聞こえた。その音を聞いた私と奴らは一瞬だけ動きを止めた。すると、上から降って来た物体は私を襲おうとした奴の頭の上に刺さった。私はそれを見て、上から降って来た物は剣であると把握した。
「剣? どうして……」
震える手で私はその剣に触れた。すると、突如頭の中がスッキリしたような感覚に陥った。
(エクス、俺を手にするんだ!)
いきなり頭の中にヴァーギンさんの声が響いた。死んだはずなのにどうしてと思ったが、その言葉の通りに私はその剣を手にした。軽い。力がない私でも扱うことができる。市販の鋼の剣よりも立派な装飾が付いていて、夜でも刃が鋭く光っているのが確認できた。
「な……何だよその剣!」
「クソッたれ、今のうちに襲うぞ! あんな小娘、二人でかかれば怖くない!」
奴らはそう言って私に襲い掛かった。私は逃げようとしたのだが、再び脳裏にヴァーギンさんの声が響いた。
(逃げるな。逃げても奴らは追いかけて来る。なら、ここで倒せ)
倒せ……か。今の私にそんなことはできない。そう思っていたが、奴らの一人が私に向かって飛びかかってきた。その時、私は後ろに下がって剣を振り上げた。剣の刃は奴の左腕を一閃し、宙高く舞いあげた。
「あ……あが……あああああああ!」
私は無意識のうちにこの行動をとっていた。イカレオオイノシシを倒した時と同じ状況だ。
「こ……この小娘が! お前は俺がぶっ殺す!」
敵の一人は私に対し、殺意を向けてこう言った。まずい……このままだと殺される。そう思うと、また言葉が響いた。
(エクス。奴は裏ギルドの連中だ。悪い奴だ。斬ることをためらうな!)
ヴァーギンさんの声が響く。だが、私はどうしても人が斬れない。怖い。人を斬ることが恐怖だと思うのだ。人を斬って痛い痛いと叫ぶ光景を見て、それが私のせいなのだと思うのが怖いのだ。ヴァーギンさんに言葉を返すようにこう思うと、再びヴァーギンさんの声が響いた。
(悪を斬るのに恐怖はいらない。一番の恐怖はそいつらのせいで誰かが傷付くことだ。奴らは犯罪者だ。悪いことをしてきた人間だ。そいつらに情けをかける必要はない。ならどうしてお前はギルドに入った? 剣士になった? 誰かを守るというのなら、悪を斬る恐怖を捨てるんだ!)
この言葉を聞き、私は剣を取ること、ギルドに入ったことを思い出した。犯罪組織である裏ギルドを倒すヴァーギンさんにあこがれていたのだと。だけど、ヴァーギンさんは何人もの裏ギルドの戦士を斬り殺した。私は命を奪いたくない。甘いと言われるだろうけど……命を奪わず敵を倒す方法は……ある。
「死ねェェェェェ!」
敵の声が聞こえた。私は深呼吸して剣を握り、目の前の敵を睨んだ。私の目を見た敵は動揺したのか隙を見せた。この時に私は敵に接近し、奴の両腕を斬り落とした。
「が……ああああああああああ!」
敵は激痛を感じているのか、その場に倒れて悲鳴を上げた。私は奴の顔を踏み、低い声でこう言った。
「このままあなたを捕まえます。そして、この村の牢屋に入れます。もし、また何か悪さをしたら、その時はその首を斬り落としますから」
自分でもよくこんな言葉を言えるもんだなと私は確信した。敵は私の言葉を聞き、震えながら頷いた。この光景を見ていた別の一人は悲鳴を上げ、その場から逃げて行った。
多少の犠牲はあったけど、ヤラーレムの連中は全員捕まった。そのうちの一人は私の姿を見るだけで失禁するようになってしまった。ちょっとトラウマを与えてしまったのかもしれない。まぁいいや。
それより、この空から降ってきた剣だ。この剣を手にした時から、ヴァーギンさんの声が頭の中で聞こえるようになったのだ。もしかしてと思い、私は剣を握ってこう思った。もしかして、ヴァーギンさんなのかと。しばらくして、頭の中に声が響いた。
(その通りだ。いろいろあってこの姿で戻って来た)
やはりそうだった。ヴァーギンさんは剣となって帰って来たのだ。私は安堵したが、ヴァーギンさんは続けてこう言った。
(これから俺は君の剣として生きる。いろいろと告げ口をすると思うが、よろしく頼む)
どうやら、これから私は剣となったヴァーギンさんと共に過ごすことになりそうだ。この先何があるか分からないけど、英雄であるヴァーギンさんと一緒なら何とかしのげるはずだろう。私は心の中でこう思った。
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