第2話 英雄と少女の別れ
俺を越えるかもしれない存在が現れた。世界は広い。英雄と言われている俺より優れた剣の腕を持っている奴は少なからずいるだろう。俺はそう思いながら世界を旅してきた。そして、その存在に遭遇した。
エクス少女は固い皮膚を持っているイノシシが他のモンスター、イカレオオイノシシをあっさりと一閃した。あいつを倒せるのは優れた剣士しかできない。エクスが持っている剣はいろんな武器屋で売られている安物の鋼の剣。安い剣でも、使い方によっては固い物質や敵を斬れる。しかし、その扱い方を理解するにはかなりの年月が必要だ。俺でも普通の剣を使って硬い物を斬る技を習得するのに数年はかかった。
「ふぅ……はぁ、またか」
剣を振るったエクスは斬り殺したイカレオオイノシシを見て、我に戻った。またかの言葉の意味が分からない俺は、エクスに近付いた。
「エクス。とりあえず危なかったな。この剣でイカレオオイノシシを斬るのは初心者では難しいぞ」
「はぁ……たまにあるんです。無意識のうちに剣を振るって、何かを斬るということが」
無意識のうちに攻撃をするのか。もしかしたら、何かあったらエクスは本能的に剣を振るう癖があるかもしれない。その時にしか、エクスの真の実力を出すことができないのだろう。
「無意識のうちに真の実力を出しているのだろう。もっと鍛えれば、君は俺を越えるかもしれないぞ」
俺は励ますつもりでこう言ったが、エクスは両手を動かして否定するような動作をしていた。
「いえいえいえいえいえ! 私はまだへっぽこです! あなたを越えるだなんてそんな、めっそうにもございません!」
オイオイ、どんだけ自分に自信がないんだよ。エクスは自分の才能の存在を知れば、俺を越えるかもしれないのに。俺はそう思いながらため息を吐いた。
さて、そろそろイカレオオイノシシを規定数倒しただろう。俺はそう思いながらエクスの方を見た。エクスは苦戦しているようだが、何とか生きているようだ。他の仲間はどうなっているんだろう。そう思うと、俺は他の二人の存在を思い出した。そうだ、エクスの方ばかり意識していたせいで、仲間の二人のことを忘れていた。あの二人はイカレオオイノシシを倒すほどの腕はあるようだが、近くにイカレオオイノシシの死体とかは見かけない。少し胸騒ぎがする。すぐに仲間の二人を探しに行こうとしたが、この辺の地理はあまり詳しくない。俺はエクスを呼んで仲間の二人がいないことを話しした。
「えええ! そう言えばそうですね。あの二人は一体どこへ……」
「探しに行きたいが、この辺りの地理は分からない。どこか行きそうな場所とかないか? それとも、あの二人はどこかで道草を食っているのか?」
「この辺りに休む場所はありません。それに、あの二人は腕もあるからイカレオオイノシシと戦って死ぬとは思いませんが」
「そうか……とにかく二人を探そう。何かあったかもしれない」
俺はそう言ってエクスと共に行動しようとしたが、後ろから足音がした。生き残ったイカレオオイノシシか、あの二人だと思いながら俺は後ろを振り返った。そこにいたのはあの二人だったが、ガラの悪い連中もいた。
「おい、ギルドの戦士さんよぉ。仲間を生きて返して欲しかったら金目の物を置いていきな」
「ケッケッケ。俺たちはこの辺りを根城にする裏ギルド、ヤラーレムだ」
「歯向かわない方がいいぞ。俺たちに歯向かった奴はみーんなぶっ殺したんだからな」
裏ギルド、ヤラーレム? 聞いたことのない裏ギルドだ。田舎の裏ギルドだから、悪ガキ小僧のような悪さしかしないと考えていたが、その考えは間違えのようだ。奴らは人を殺している。仲間の二人を捕まえているヤラーレムの戦士は、何かあってもすぐに反応できるように剣を持っている。下手に動いたらあの二人は殺される。
「あわわわわわ! ど……どどどどーしましょー!」
まずい。慌てたエクスが我を失っている。これじゃあ戦えない。仕方ない、雑魚相手に本気を出したくないが、人質を取られている以上、手を抜くわけにはいかないな。
「あん? よく見れば、お前は英雄ヴァーギンじゃねーか。こんなクソみたいな田舎に来るなんてなー」
「ケケケケケ。面白いことになってきた。ここで英雄を殺せば、俺たちの名が世界に広まるぜ」
奴らは俺を狙いに定めた。はぁ、奴らに脳みそはあるのだろうか? 人を殺す程度の剣技は持っているようだが、それで俺に勝てると思っていたとしたら大きな間違いだ。
「覚悟しろよ、英雄ヴァーギンさんよぉ!」
ヤラーレムの一人が俺に向かって突っ込んで来た。剣を振り上げているのを見て、奴は剣を力強く振り下ろすつもりだと判断した。すぐに分かる動きをすれば、簡単に対処できるというのに。俺は剣を握り、襲ってくる奴を睨んだ。
「襲ってくる以上、命はあると思うなよ」
俺はそう言って、素早く剣を振るった。俺の剣は奴の体を一閃し、上半身と下半身を分離させた。
「へ……え?」
奴は自分の下半身が下にあるのを見て驚いているだろう。斬られた奴の上半身は宙を舞いながら少し離れた所へ落下した。
「な……何だ……これ……意識が……あ……」
斬られた奴は苦しそうな声でこう言ったが、すぐに息絶えた。奴らは俺を見て顔を青ざめた。
「おい、さっきの威勢はどこへ行った? 俺を殺すんじゃねーのか?」
俺は奴らを挑発するためにこう言った。奴らの一人は歯ぎしりし、剣を持って襲い掛かった。
「うおおおおお! 仲間の仇ィィィィィ!」
美しい仲間愛だ。奴らはそう思っているが、俺はそう思わん。裏ギルドの絆など、価値もない。俺は容赦なく襲ってくる奴の首を一閃し、頭を斬り落とした。あっという間に仲間が二人死んだため、人質を捕まえている奴は俺の顔を見て顔色を真っ青に染め、鼻からは鼻水を垂らしていた。
「な……ああ……」
「おい。お前らは何人人を殺した?」
俺がこう聞くと、残った一人は肩を震わせて口を開いた。
「じゅ……十人かなー?」
「十人か。少ないな。俺はお前らみたいな裏ギルドのバカを百人以上は斬り殺した。お前みたいな奴ら、すぐに殺せることを忘れるな」
俺はそう言うと、残った一人は悲鳴を上げて逃げて行った。俺はすぐに捕まっていた二人に近付き、様子を見た。命の危険がある状況だったためか、恐怖で震えていた。
「おい。もう大丈夫だ。あの変な奴らは追い払った。俺に怖気ついて襲ってこないだろう」
「す……すみません」
「油断しました」
「俺もだ。あんな裏ギルドがいるなんて、思わなかった」
俺がそう言うと、エクスはおどおどしながら俺に近付いた。
「あの……どうしてそんな簡単に人を殺せるのですか?」
エクスからこんな質問を受けた。その言葉を聞き、俺は自分の中にある答えを言った。
「裏ギルドの連中は死刑になってもおかしくないレベルの罪を背負っている。捕まったとしても、処刑される。それなら、ここで始末した方がいいと思ったからだ」
俺の答えを聞き、エクスは小さくそうですかと返事をした。この質問を聞いた時、エクスは優しいと考えた。だが、世の中は優しいだけじゃあ生きていけない。その優しさを踏みにじる奴も存在する。エクスはそのことも知ってほしいし、裏ギルドに対しては甘さや優しさを捨ててほしいと思う。そうでないと、自分が殺されてしまうからだ。
その後、俺たちはファストへ戻ることにした。捕まった二人は何度も俺に頭を下げて謝っていた。捕まるのは悪いことではない。油断もするが、次に気を付ければいい。そう何度も言うのだが、やはり捕まったという責任を強く感じているのだろう。
で、エクスの方は最初の時より元気がなかった。やはり、俺が裏ギルドの奴を一閃した光景を見て、ショックを受けているのだろう。エクスの中にはエクスなりの俺のイメージがあり、あの光景を見てそのイメージが壊れたのだろう。あの状況は捕まった二人が殺される可能性があったから、裏ギルドの奴を殺すしかないと選択し、行動したのだが……まぁ、イメージが壊れたなら謝らないといけないな。
俺はため息を吐きながらそう思った。すると、前の方から魔力を感じた。
「誰か来るぞ!」
仲間の一人がこう言った。しばらくすると、俺が逃がしたヤラーレムの一人が仲間を引き連れて戻って来た。あいつら、仕返ししに来たのか。
「俺はヤラーレムのリーダー、イパツ! 英雄ヴァーギン、殺された仲間のためにお前を殺す!」
やはり仇討ちしに来たのか。俺はエクスたちに下がるように伝え、剣を持った。逃げることも考えたが、ここで逃げたら奴らは村まで追ってくるだろう。なら、ここで全員倒してしまうしかない。
俺はまず、ヤラーレムのリーダーであるイパツに向かって走って行った。相手の数は数十人。それらをまとめるのはリーダーであるイパツ。リーダーを倒せば、残った数十人の部下はどうすればいいか分からなくなるはず。俺はそう思いながら、イパツに接近して奴に向かって剣を振り下ろした。
「ムオッ!」
奴は俺の接近に気付き、急いで後ろに下がった。リーダーである以上、それなりに運動神経はあるようだが、自分が狙われているのは思わなかったのだろう。
「お前、いきなりリーダーを狙うか?」
「俺はそうする。頭を狙えば命令待ちの奴らは何をすればいいか分からなくなるからな」
俺はそう言って、イパツの腹に向かって剣を突き刺した。あっけない最期だ。奴は痛みを感じたのか、驚くような顔をし、しばらくして血を吐いて目をつぶった。うるさい奴だったが、まぁこれで奴らは動けなくなるだろう。だが、俺の考えは甘かった。残った部下はエクスたちに襲い掛かっていたのだ。
「こいつらだけでもぶっ殺す!」
「リーダーの仇討ちだァァァァァ!」
「危ない、エクス!」
エクスの仲間が彼女を守るように武器を振るった。それからその二人が残った部下を相手に戦いを始めた。エクスはその隙に逃げようと動いていた。俺はすぐにエクスと合流するため動いたが、それより先に敵の一人がエクスに向かって襲い掛かっていた。
「お前は捕まえて俺専用の奴隷にしてやるぜ!」
「そうはさせるかよ、下種野郎!」
俺は剣を振るい、エクスに襲い掛かった奴を一閃した。エクスは俺の顔を見て、安堵の表情をした。
「すみません……た……助かりました」
「よかった。お前が大丈夫ならそれでいい」
俺は安心しながらエクスにこう言った。だがその時、俺は背中から何かが突き刺さった感触を覚えた。
そんな……あの英雄ヴァーギンが……そんな簡単に……私を助けたせいで……あ……ああ……。
「やった……やったぜ! 俺が……俺があの英雄をぶっ殺した!」
ヴァーギンさんを突き刺した裏ギルドの戦士は、手を上げて喜んでいた。その時、私の感情は悲しみから怒りに変わった。私は感情に任せて剣を握り、奴に近付いた。
「へ?」
私が接近して奴は驚いたのだろう。私はその隙に剣を二回振るった。二回の斬撃で、奴の両腕を斬り落とした。
「ぎゃ……ギャアアアアア!」
私が斬った奴は悲鳴を上げながら逃げて行った。奴を追うより先に、ヴァーギンさんの治療をしなければ!
「ヴァーギンさん! しっかりしてください!」
私は何度もヴァーギンさんの名を呼んだ。だが、いくら叫んでもヴァーギンさんは反応せず、目を動かすこともしなかった。そんな……まさか……私を守るためにヴァーギンさんは……あ……あああ……あああああああああああああああああああああああああ!
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