第15話 外堀がどんどん埋まっていくような気がする

 帰りの馬車の中は重苦しい雰囲気だった。

 シリウスもシャロンも私を気遣って、一言も発しない。


 いやでも、そんなに気を遣わなくてもいいんだけれども。あれはもう家族じゃないって割り切っているから。


 前世の記憶を失う前の私だったらそう思わなかったかもしれないけど、今の私にはそれまでの記憶が、いわゆるただのデータとしての記憶になってしまっているので感慨もない。


 私はあえてニコニコしながら口を開いた。


「これからお買い物をすするのが楽しみです」

「そうですわねぇ。クリスティアナ様に似合うものをたくさん買いましょう」


 シャロンが少しほっとしたように頷く。


 昨夜身一つで舞踏会の会場から出たし、家から持ち出すものも母の肖像画一枚だし、で、私には自分のものがまったくない。


 下着くらいは持ち出せば良かったんだろうけど、どれも黄ばんでいたり擦り切れていたりして、きっとシャロンに捨てていきなさいって言われたと思う。


 今にして思えば、あれって後妻とニーナのお古だったのかしら。

 気持ち悪い。


 でも問題はお金がないことよね。


「今はお金がないので借りることになると思いますけど、きっといつかお返ししますので」


 そう言うと、シリウスは悲しそうに眉尻を下げて私の手を取った。

 なんだろう、物凄い美形なのに、捨てられた子犬みたいだ。


「クリスティアナは、私が番に少しの贅沢もさせられない甲斐性なしだと思うのか?」

「いえ、そんなわけでは……。でもまだちゃんとお返事していないわけですし……」


「愛する相手を着飾りたいと思うのは竜人の習性だ。受け取ってくれるだけで喜びとなるのだから、遠慮しないでほしい」


 なんというか、竜人って番にとことん尽くすのね。

 悪人を好きになったら、とことん利用されてしまいそう。


 そう思ったけど、後で聞いたら、不思議なことに悪人を好きになるのは悪人だけなんですって。


 そういえば前世でも一目ぼれで好きになった相手は、実は凄く相性がいいんだって聞いたことがあるような気がする。


 もちろん中には善人が悪人の番になって悲惨な目にあうこともあるらしいけど、その場合でも、実は本人がそうして欲しいと深層心理の奥で思っていることが多いんだとか。


「ただそれとは別に、調べさせたところ、クリスティアナの母君の持参金があるので、伯爵家からの離籍届を出せば受け取れるようになるはずだ」


 あ、そっか。


 貴族女性が他家に嫁ぐ場合、持参金を持たせる。

 それは娘に受け継がれ、娘の結婚資金になるのだ。娘がいない場合は、そのまま嫁いだ家の資産になる。


 母の娘は私だけなので、母の持参金を相続する権利を持つのは私だけだ。


 ……母の実家も由緒だけがあってお金がない伯爵家だと思っていたれど、一応持参金なんてあったんだ。


 正直、母が亡くなってから母方の親戚とは没交渉なので、どんな人たちなのかよく知らないのよね。


 後妻が「伯爵家とはいっても落ちぶれた家の娘のくせに」ってののしっていたから、そうだと思っていたんだけど。


 今まで何の関係もなかった親戚だし、これから先も関わることはないでしょう。







 シリウスが馬車を向けた先は王都で一番大きなお店だった。

 衣料品全般を扱っていたので、ドレスから下着まで、シャロンが次から次へと箱を積み上げていく。


「シャロン、これ以上は買いすぎよ」

「まだ足りないくらいですわよ。本当はクリスティアナ様にぴったりのドレスを一から仕立てたいところですが、時間がありませんものねぇ。帝国に着きましたらすぐにデザイナーを呼ばなくては」


 やる気に満ちたシャロンに圧倒されて反対できない。


 外堀をどんどん埋められているような気がするのは、気のせいかしら……?


 この国からは出たいから帝国には行くけれど、仕事を見つけることなんてできるのかしら。


 私は試着しているドレスを見る。

 古着を仕立て直して着ていたから、お針子としてやっていけないかな。


 これくらいならなんとかできそうな気がする。


 貴婦人のたしなみと言える刺繍も、ニーナの代わりにやらされていたから、一応できる。

 時間ができたらシャロンに腕前を見てもらおう。


 そんなことを考えているうちに買い物が終わって、宿へ戻った。


 なんだか帰ってきたようでホッとする。


 でもまだやることが残っている。


 昼食を摂って着替えたら、アーダルベルトの家から除籍してもらうための手続きをしなくてはいけない。

 王宮の貴族院に、除籍を望む本人が行く必要があるのだ。


 この「本人が行く」っていう決まりがなければ、きっと私は母が亡くなったらすぐに、精神を病んだためとか理由をつけられて家を追い出されてしまっただろう。


 色々と辛いことがあったけど、それでも不幸になる一歩手前くらいで踏みとどまっていた。


 これからは絶対に幸せになってやるんだから。

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