第16話 前世の知識を活用すればいいんじゃない?

 ドレスショップでは、オーダー品の他に既製品に手直しをすればサイズを合わせられるドレスの二種類があった。


 高位貴族はもちろんオーダーするので、仕立てるのには早くて二か月かかる。結婚式のドレスのように手が込んではいるものの伝統的な形で流行に左右されないものは、刺繍一つ取っても顧客のモチーフを入れて刺すので、一年や二年ほどかけて作られる。


 ただし、それなりに値が張る。


 そこまでお金を出せない貴族は、既に仕立てられているドレスを買って調整するのだ。


 シリウスはオーダー品を買いそろえようとしたんだけど、そこまで高級なドレスは必要ないし、二年後にこの国にいるかどうか分からないので、全部既製品を購入した。


 今着ているドレスもそのうちの一着だけれど、若草色のドレスはあまりフリルやレースのついていないシンプルな形で結構気に入っている。


 そういえばマーメイドとかワンショルダーのドレスってなかったわね。


 宿について一息ついた私は、前世の記憶で約に立ちそうなものはないかと考え始めた。

 新しいドレスは、流行を作るというよりも私が着やすいものを作ってもらうといいんじゃないかしら。


 ふんわりとしたプリンセスドレスも、下にはペチコートを何枚も重ねているからとっても重い。

 だからワイヤーのようなものでふくらませるといいんじゃないかしら。


 確かクジラのヒゲを使っていたって聞いたことがある。弾力があって軽い素材を探せば、代用できそう。


 いずれ真似をされるだろうけど、最初の内はデザイン料で稼げそう。


 他には下着とか。

 さすがにちょうちんブルマみたいな下着はダサいと思うのよね。


 あとコルセット。これは体にも悪いしどうにかしたいなぁ。


 コルセットの代わりにブラジャーを開発するのはどうかしら。クジラのヒゲに似たワイヤーがあれば、ブラジャーも作れるはず。


 弾力があるワイヤーを秘匿するなら、商会を作ったほうがいいんじゃない?

 ドレスだけじゃなくて基礎化粧品も開発するとか。


 そういえばこの世界で美容クリームって見たことがないわね。ワセリンがあれば作れるけど、ワセリンって原料はなんだったかしら。


 前世で手作り化粧品を作ったような記憶はあるんだけど、ワセリンの材料までは覚えてないわ。残念。

 似たような材料を探すしかないわね。


 つらつらと考えていると、シャロンが茶器をトレーに載せてやってきた。


「クリスティアナ様、こちらのクッキーをどうぞ」


 お皿の上にはバターをたっぷり使ったおいしそうなクッキーがある。

 お菓子を考案するのもいいわね。


 マカロンとかショートケーキとか、この世界にはまだないお菓子がたくさんあるわ。

 具体的な作り方は分からないけど、プロに任せたら作ってくれるんじゃないかしら。


「これは?」


 私はクッキーの横に置かれた果物を見た。

 見た目は、表面がごつごつしていてミカンくらいの大きさのライチのようだ。


「リジュの実ですわ。ほんのり甘くておいしいんですのよ。帝国ではよく食べるんですけど、あまり日持ちしないのでこちらではあまり見かけないかもしれませんねぇ」


 そう言ってシャロンはリジュの実の皮をむいてくれた。少し切込みが入っているところに指を入れると、思ったよりもするっとむける。


 現れた実はやっぱりライチに似ていて白く、少し透明感があった。

 シャロンは実の端っこを切って口にした後、私の前のお皿に置いてくれる。


「どうぞ召し上がれ」


 少し冷えたリジュの実は、熟しきったライチのような味がした。のど越しが良くて、とてもおいしい。

 ただ種が大きいせいで果肉が少ないので、ちょっと物足りない。


「もう一つ頂いてもいいかしら?」

「ええ、ええ、もちろんですわ」


 シャロンが同じように皮をむいてくれようとしたので、自分でむいてみたいと言ってみる。


 渡されたリジュの実の皮は、意外と柔らかい。

 ぷるんと出てきた果肉を頬張る。


 さっきの実よりも、もっと甘くておいしかった。


 もう一つ、と手を伸ばして食べていると、いつの間にか五個も食べてしまっていた。


「おいしくて、つい食べ過ぎてしまうわ。こんなにおいしいのに、どうして輸入されないのかしら」


 こんなに甘い果物はこの王国にはないから、きっと大人気になると思うのに。


「収穫するとすぐに熟してしまうの。冷やして輸送すれば少しは長持ちするけれど、それでも三日くらいで苦くなってしまうのよねぇ」


 確かにそれでは輸出はできない。


 少し残念な気持ちになるが、これから帝国に行くかもしれないから、その時はたっぷり食べられるし、と思ったところで、大きな種が目についた。


 形がアーモンドに似ているから、何かに使えないだろうか。


「この種は捨ててしまうの?」

「種は食べられませんからね」


 苦笑するシャロンは、リジュの種の中身は油っぽくて触っていると柔らかくなるのだが、すぐに固まってしまうのだと言った。


「え、待って。それって……」


 私はすぐにリジュの種を割ってもらって中身を確かめた。

 白いべっとりとした固まりが入っている。


 手で触れると体温で柔らかくなった。


 これって――ボディクリームに使うシアバターじゃないの!?

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