第14話 すべては思惑通り(ジャクソン視点・三人称)
「それでデイモンド王子の手は元通りにくっついたのか?」
この国を陰で支えていると言われている宰相のロレンツ・スコピオは、ワインを片手に息子からの報告を聞いた。
「綺麗に切断されていたので、城の治癒士が治して、何とかついたようです。若干動かしにくくなるようですが」
「番を攻撃されてもっと激高するかと思っていたが、シリウス皇太子は思いのほか理性的だ」
「竜人は番を大事にしますからね。僕も肩透かしでした」
少し伸びた前髪を横に流しながら、ジャクソンは自分に似た父の顔を見る。
藍色の髪には少し白いものが混じり始めているが、まだまだ精力的に動いている。
一体この父の掌で、何人が踊っているのだろうと考えた。
ジャクソンの視線に気がついたロレンツは、何だ、とでもいうように片眉を上げる。
「これでデイモンド殿下の立太子は防げたと思って良いのでしょうか」
「そうだな。さすがにドラゴラム帝国皇太子の番、しかもアキテーヌの女王であるクリスティアナ嬢を傷つけようとしたものを、次の国王にはできまい」
「人族以外のすべての種族から反発されるでしょうしね。もちろん人族の他の国からも非難されて我が国は孤立してしまう」
ロレンツは眉間の皺をほぐすように、指で揉む。
こうして見ると、ここ数年の苦労が顔に現れているように思える。
そもそもは、国王が亡き王妃に似たデイモンドを溺愛するあまり、王太子にしたいと言い出したのが始まりだった。
長子のマキシム王子は王太子としての資質は十分で、公爵令嬢である婚約者との仲も良好だ。
未来の王として文句のつけどころのない王子だ。
一方のデイモンド王子は、絶世の美貌を持ちはするがただそれだけで、国王が甘やかすからか傲慢で短気な性格に育ってしまった。
あんなものが国王になったなら、絶対に国が亡びる。
デイモンド王子を操縦するために、身分が高く賢い婚約者にするのはどうかとも考えたらしいが、あの王子の性格では反発するだけだろう。
むしろ他に愛する人を見つけたなどと言い出しかねない。
ならば、そうなるように、最初からおぜん立てをしてしまえばいいのではないだろうか。
婚約破棄を言い渡されても大人しく泣き寝入りをするしかない先妻の娘と、美しく天真爛漫であまり賢くない後妻の娘がいて、家柄は古いが力のない貴族家。
そんな細かい条件に合う家があるだろうかと探してみたら、ちょうどアーダルベルト伯爵家が当てはまった。
しかも長女のクリスティアナ嬢は実の父や後妻から虐待されている様子だ。
仮にデイモンド王子から婚約破棄をされたとしても、あの家で使用人以下の扱いで飼い殺しにあったり、問題のある男の妻として売られたりするよりは、環境の整った修道院で穏やかに暮らす方がマシなのではないだろうか。
それに王子の婚約者ともなれば、これ以上の虐待はされないに違いない。
そう考えた宰相によって、クリスティアナはデイモンド王子の婚約者になった。
ジャクソンはデイモンドの側近になる時に父から話を聞いて納得した。
そして自分の役目は、デイモンド王子が国王になれなくなるような瑕疵を探して誘導することだと。
だがそんな小細工をする間もなく、デイモンド王子はクリスティアナを疎み、異母妹のニーナに興味を持った。
婚約者の妹という背徳の関係は、恋心を燃え上がらせる。
だがそれだけでは足りない。
だからニーナに気のあるそぶりをしてみた。
すると面白いくらいに、ニーナが秋波を返してくる。
だがまだ足りない。
そこでジャクソンはガレンスにニーナがいかに可愛らしい女性かを語った。
そして婚約者のいるデイモンド王子ではなく、騎士のような男に守られたほうが幸せになるのではないかと相談してみた。
ガレンスはあまり物事を深く考えない性格だ。
ジャクソンの話を聞いて、ニーナを自分が救わなければいけないか弱い女性だと認識したらしい。
そこでニーナに直接聞くのがガレンスだ。
ガレンスの話を聞いたニーナは、はかなげに見えるような涙をこぼしてガレンスの胸にすがった。
「デイモンド様が姉の婚約者であることは知っています。諦めなくてはいけないことも。……きっといつか忘れられると思うのです。その時まで私を支えて頂けますか……?」
ニーナのセリフを一言一句知っているのは、俺は苦難を乗り越えようとする美しい姫君を守る騎士なのだ、と自分に酔ったガレンスから直接聞いたからだ。
ここまで物事がうまく運ぶとおもしろくなる。
なるほど、父の見る世界はこれか、と納得した。
ジャクソンとガレンスがニーナへの恋心を隠さないようになると、デイモンドはニーナへの恋心を募らせていった。
舞踏会での婚約破棄騒動は、ジャクソンの誘導によるものだ。
いくら何でも、他国の王や皇太子がいる場であれだけの騒動を起こしたのだから、デイモンドの立太子は絶望的になるはずだった。
「最悪の未来を避けることができて良かったが、まさかクリスティアナ嬢がアキテーヌの女王だったとは」
しみじみと呟くロレンツに、ジャクソンも同意する。
しかもまさかあの場で暴露されるとは。
「シリウス殿下がいらっしゃらなければ、デイモンド殿下はそのままクリスティアナ嬢との婚約を続けたでしょうしね。アキテーヌの女王の伴侶となれば、デイモンド殿下を次の王にという声が大きくなったはずです」
「ドラゴラム帝国皇太子の番であったのは幸いだった」
父の言葉に同意したジャクソンは、これまでの苦労をいたわる気持ちもこめて、父のグラスにワインを注ぐ。
スコピオ家の領地で作る赤ワインは、芳醇な香りが特徴だ。
グラスをゆっくりと回して香りをかぐと、奥行きのあるフルーティーな匂いが鼻をくすぐった。
ラベルを見ると三年もので、ほどよく熟成している。
この年のワインは出来が良いものが多い。
「しかし、クリスティアナ嬢はまだ番になるのを承知していないのだとか」
懸念を言ってみると、ロレンツは老獪な政治家の顔をして笑った。
「あれほどの美丈夫だ。すぐにほだされるだろう。ドラゴラム帝国の皇太子ほどの男が、女一人落とせぬわけはあるまい」
「確かにそうですね」
父の言葉に安心したジャクソンは、自分もワインを楽しむべくグラスを傾けた。
芳醇な香りを楽しむ親子は、竜人が番相手にはとことん弱くなることを、今はまだ知らない。
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