第13話 それでは皆さんさようなら

「とにかく、私は出ていきます」


 なんかもう面倒になってきちゃった。


 この国にいる限り、王子であるデイモンドにまとわりつかれそうだし、もういっそこの国を出たほうがすっきりするかも。


 問題はどうやって生活するかよね。

 私に、何ができるかしら。


 かつてのアキテーヌの人たちは平民ですら魔法を自由自在に使いこなしたらしいけど、私にはそんな力はないし……。


 シリウスの番になれば、きっと何不自由のない生活を送ることができるんだと思う。

 でも生活が大変だから番になるっていうのは、シリウスに対して失礼だ。


 同じくらいの熱量……は、今のところ無理にしても、半分くらいの気持ちは返せるようにならないと、番になりますなんて言えない。


 だってきっと、そんな自分の醜さを自己嫌悪して、シリウスの気持ちにちゃんと向き合えなくなってしまうもの。


 竜人であるシリウスと、心だけでも対等でいたい。


 この世界には魔石を使った魔道具があって前世の電気製品のような役割をしている。


 だったら魔法も普通にありそうだけど、魔法が使える人族はごく一部の魔法使いと呼ばれる人たちだけで、たとえ貴族や王族であっても使えない。


 魔法を得意とするのは、大森林に引きこもって外に出てこないエルフたちだ。エルフというだけあって、人族よりも長生きをする。


 獣人たちは、魔法は使えないけど、獣化という身体強化の魔法がある。

 そして竜人は、獣化はしないものの他の種族より頑丈で、魔法を使う。


 つまり竜人はこの世界において最強の種族なのだ。


「ダメだ! お前は俺の妃に――」

「触れるなと言ったはずだ」


 剣を持っていたシリウスがそのまま伸ばしたデイモンドの手首を切り落とす。


「ぎゃあああああああああ!」


 上がる悲鳴と噴き上がる血。


 シャロンがとっさに私を抱えこんで、見えないようにしてくれた。

 そのまま少し後ろに下がる。


「あらあら、もう短気なんですから」

「つい手が滑った」


 非難するようなシャロンに、シリウスは平然と答える。

 そして床に落ちた手首を拾って無造作にガレンスに渡した。


「多少動きは悪くなるかもしれないが、切ってすぐならまたつくぞ。ほら」


 呆然としたままのガレンスから手首を奪ったジャクソンが、切られた手首を押さえたまま床でのたうちまわっているデイモンドに手首をくっつけようとする。


 だが痛みに激しく暴れているデイモンドの手首を押さえていることができない。


「ガレンス、殿下を押さえろ!」

「あ、わ、分かった」


 ガレンスに体を押さえこまれたデイモンドは、痛みのあまり失神したのか大人しくなった。


 ……突然のスプラッターに、私まで失神しそうだ。


「すまない、クリスティアナ。こんな見苦しい姿になってしまって」


 至近距離で血を浴び……て、ない?

 なんかシリウスの神々しいまでの美しい顔の頬のところに、ちょっぴり血がついているくらいだ。


 もしかしてあの噴き出した血を全部よけた?

 やっぱり竜人って凄いな。


「いえ……。私は大丈夫です」


 なんだかもう昨日から色々あって疲れてしまった。

 このまま宿へ帰らせてもらって、それからどうするか考えよう。


「行こう、クリスティアナ」


 差し出されたシリウスの腕を取る。

 もうこの家にもこの国にも未練はない。母の肖像画の他は、全部捨てていこう。


「お姉様! 家族を見捨てるの?」


 ニーナの叫びに、意外な思いで振り返る。


 目を吊り上げている顔に、いつもの妖精のようだともてはやされた可憐さはない。


 家ではよく見た姿だけど外ではこんな顔を見せないだろうから、ほら、あなたの崇拝者たちがびっくりしてるわよ。


「私たちが家族だったことなんてあった?」

「血がつながっているわ」


「血がつながっているだけでは家族とは言わないのよ。あなたたちが私を家族として大事にしてくれたことなんて一度もないじゃない。食事は残り物だったし、部屋は小さな窓一つしかない物置のような部屋。気に入らないことがあるとすぐに鞭で打たれたわ」


 さすがに王子の婚約者として目に見えるところに傷はつけられなかったし、跡にならないように注意はしていたけれど、痛いものは痛い。


「デイモンド王子の婚約者としての体裁は保たなければいけなかったからそれ以上のひどいことはされなかったけど、婚約していなかったらどうなっていたのかしら」


 私は青ざめたままの父を見る。

 こんな風に暴露するとは思わなかったのだろう。


「そもそもアーダルベルト伯爵はそんなに恋人が大切だったのなら、母と結婚せずに恋人と結婚できるように努力すれば良かったのよ。男爵家だって貴族なんだから、できたはずよ。それもせずに政略結婚しただけの母を憎んで、私を憎んだ」


「あいつだってアキテーヌの女王だと言わなかったではないか!」


 そう主張するアーダルベルト伯爵に呆れてしまう。


「信頼できないって分かっている相手にアキテーヌの星を持っているなんて言ったら、絶対に奪われてしまうじゃない。実際に、ただの指輪だったとしても奪われてしまったわけだけど」


 私から奪った指輪をつけてニーナが舞踏会に参加したのは昨日のことなのに、もう忘れてしまったのかしら。


「ずるいわ! お姉様だけ幸せになるなんてずるい! お姫様になるのは私なのに!」


 地団太を踏むニーナはまるで子供のようだ。


 ニーナにだってデイモンドがいるじゃない。私から奪ってまで欲しがった王子様。

 いらないから、熨斗つけて差し上げるわ。


 それでは本当に、皆さんさようなら。


 決別の意味をこめてカーテシーをすると、そのまま振り返らずに家を出た。

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