第12話 再婚約はお断りします

 耳を澄ませると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 嫌だわ。デイモンドじゃないの……。


 シリウスが連れてきた護衛たちと押し問答をしているみたい。


 一応、この家の主人はアーダルベルト伯爵だから、開けないわけにはいかないわよね。


 シリウスもそう思ったのか、デイモンドたちが入ってきてもすぐ対処できるように、私の前に出る。


 広い背中が、安心感を与えてくれた。

 元家族たちがいる後方にはシャロンがいて、牽制してくれている。


 さすが皇族の侍女は動きが違う。


 ある程度こちらの準備ができたところで、扉が勢いよく開いた。


 その向こうには、デイモンド、ガレンス、ジャクソンのいつもの三人がいる。

 デイモンドは……なんていうか、とても着飾っていた。


 いつも自分の美貌に自信を持っているから質の良いおしゃれな服を着ていたけど、今日はそれにさらに飽食が凄いというか……。


 シリウスの真似をしたのか、肩までの金髪にはルビー繋げた髪飾りまでつけていた。


 でもシリウスのこの世のものとは思えないほどの美しさに比べると、二流か三流にしか見えない。


 単独で見たら、かなりイケてるんだけどね。


「クリスティアナ、許してやるから、もういい加減に機嫌を直せ」


 私の姿を認めたデイモンドの発言に、思わず目が点になる。


 は?

 許してやるってナニサマ?


「こいつは何を言っているんだ?」


 振り向いたシリウスの疑問ももっともだろう。

 いえ、私にもデイモンドの思考なんて分かりません。


「シリウス殿も、俺の婚約者に馴れ馴れしくしないでもらいたい」


 デイモンドは手を伸ばして私の腕をつかもうとする。

 でもそれを許すシリウスではない。


「触れるな」


 そう言って、体ごと盾にして私に触れないようにしてくれた。


「貴様は昨日、クリスティアナに婚約破棄を宣言していただろう。今更何を寝言を言っている」

「俺はそこのニーナに騙されたのだ」


 デイモンドは忌々しそうにニーナに指をつきつける。


 ニーナが悲劇のヒロインのように「そんな……騙してなんか……」と言ってふらりと倒れそうになるのを、横にいた弟のポールが支えた。


 いちいち芸が細かいなぁ。


 あれ、絶対に傷ついていない。

 だって目がこの後どう行動すれば自分をよく見せられるか、考えているもの。


 さすがに長年一緒に生活しているから、それくらいは分かる。


 単純なデイモンドはほだされそうになったけど、隣にいるジャクソンにわき腹をこづかれて正気に戻っていた。


 ジャクソンめ、余計なことを。


「だから婚約破棄はなしだ。王妃になれるんだ。光栄だと思え」


 えーっと、どこからどう突っ込めばいいんでしょうか。


 そもそもデイモンドは第二王子。


 兄王子には後ろ盾となるしっかりとした婚約者がいるから、デイモンドが国王になる可能性はほとんどないと思うんだけど。


 ああ、アキテーヌの女王である私と結婚すれば、兄よりも優位に立つって考えてる?


 国王も最愛の亡き王妃にそっくりな第二王子を溺愛しているから、あり得ない話ではない。


 ただ、そうすると第一王子も黙ってはいないはず。


 後ろ盾である婚約者の公爵家の力を借りて、王位継承権争いが起きるのは確実だわ。


 でもそもそも、私がお断り。


「嫌です」


 はっきり言うと、デイモンドはハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。


「でもお前は俺を愛しているんだろう? だから」

「何度も申し上げますが、あなたを愛したことはありません。そもそも好みじゃないです」


 え、ちょっと、どうしてニーナとポールも驚いているのよ。

 私がデイモンドを好きだったことなんて一度もないわよ。


「ですので、再婚約はお断りします」


 そのまま無視して出ていこうと思ったら、すれ違いざまにデイモンドに腕をつかまれる。


 と、思ったら、パシッと静電気のような音がして弾かれた。


「うわっ、なんだ」


 声を上げるデイモンドを庇うようにガレンスが前に出て、私に剣をつきつけようとして……シリウスの剣が止めた。


「いきなり剣とは、物騒だな」

「お離しください、これは王族に対する傷害です。わが国の法では、その女が斬り捨てられても文句は言えません」


 脳筋ではあるが、ガレンスの腕は確かだ。

 それに王家に対する忠誠も一応はあるらしい。


「アキテーヌの女王を斬るなど正気か? 他国からどれほどの非難の受けると思う」


 シリウスは王族として、ガレンスの主であるデイモンドに問いかけた。

 だがデイモンドは秀麗と言われる顔を歪ませて怒鳴る。


「俺に攻撃をしてきた! そいつは死刑だ! 大体アキテーヌの女王だかなんだか知らないが、そいつに何の力があるというんだ!」


 攻撃って……単なる静電気じゃないの。

 それを大げさな。


「アキテーヌの星は、女王を守ると知らないのか?」


 呆れたようなシリウスの言葉に、私の方が驚く。


 今のって、静電気じゃないの?

 この指輪のおかげ?


 思わず左手のスタールビーを見ると、前よりも赤く輝いていた。

 あとなんか星に見える線が増えてた。


 ということは、アキテーヌの星は防衛能力のある魔道具なのかもしれない。


 それはそれで、これからの私にとっては心強いわ。

 絶対に指から離さないようにしなくては。

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