第11話 いらないものは捨てていきましょう

「アキテーヌであろうとなかろうと、姉上がこの家の娘であることに違いはないのですから、父上の言葉に従う義務があるのではないですか」


 それでも今まで私を侮っていたポールは、アキテーヌという言葉の魔法にかからなかったらしい。

 それはそうだ。いくら諸国の王の系譜の始まりの血筋とはいえ、目に見える地位があるわけではない。


 正当な後継者が持つとスターサファイアがスタールビーになるというアキテーヌの星には何か不思議な力がありそうだが、今のところ何の奇跡も起こしていない。


 一応この世界には魔力も魔石もある。

 魔法も一応あるにはあるけど、使える人は少ない。


 竜人は魔法を使える人が多いと聞くから、もしかしたらシリウスは使えるのかも。


「アキテーヌの重要さも分からぬ雀が騒いでいる」


 ポールのような茶色の髪色は平民に多いが、私やシリウスのような特別な髪色は、高貴な血筋にしか現れない色だ。


 シリウスに揶揄されたポールは、カッと頬を赤く染めた。

 それ以上言葉を続けられず、唇をかみしめている。


 ……雀がドラゴンに、適うはずがないのに。


 そこへ無謀にもドラゴンに立ち向かおうとする勇者が新たに現れた。


「お姉様……どうしても出て行かれるのですか……」


 うるうるとした目で現れたのは異母妹のニーナだ。

 朝だというのに、まるで舞踏会にでも行くような胸元の開いたドレスを着ている。


 胸の前で手を組んでいるのは、胸の谷間が良く見えるようにということなんでしょうね。


 清楚ではかなげな容姿のニーナが、そんなあざといポーズを取れば、世間の男たちが鼻の下を伸ばすのも分からなくもない。


 クズだけど。


「その方があなたたちも清々とするのではなくて?」

「ひどいわ、お姉様……」


 ほろり、とそのなめらかな頬から涙がこぼれ落ちた。


 きっとここにいたのがデイモンドやガレンスたちならば、その健気さに目を奪われただろう。


 でもあいにくここにいるのは、番以外は目に入らない竜人のシリウスだ。

 思いっきりニーナをスルーした。


「クリスティアナ、除籍の手続きならスムーズに行くように私が国王に圧力をかけておこうか?」

「あらあら、それはよろしいですわねぇ。帝国では番の身分など関係ありませんもの」


 そしてシャロンも、当然ニーナに何の思い入れもないので無視する。

 すると、笑ってしまうくらいニーナの顔が憎悪に歪んだ。


「デイモンド王子に捨てられたくせに」


 吐き捨てるように言われたけど、ちっとも心に響かない。

 だって――。


「捨てられたつもりはないけど、婚約破棄されて良かったわ。あんな人と結婚したくなかったもの」


 そう言うと、ニーナは馬鹿にしたように笑った。


「そんなの私に取られた負け惜しみでしょう。デイモンド様はあんたなんかよりも、私のほうがずっと可愛らしいって言ってくれたわ。悪人顔は嫌いなんですって」


 悪人顔と言われて、確かに赤い髪で赤い目っていう派手な顔立ちではあるけど、悪人顔ではないよね、と冷静に考える。


 悪役令嬢顔だって言われたら、それは確かにその通りだと思わなくもないけど。


 というか、あれだけないがしろにされて、そんな相手を好きなるわけないじゃない。


 確かに婚約はしていたけど、家に来てもずっとニーナと話していたし、舞踏会のエスコートだってほとんどなかった。


 あの王子の唯一の取柄は亡き王妃様譲りの美貌だけど、傲慢な性格がそのまま顔に現れていて、前世の記憶を取り戻す前から好みじゃなかった。


 だから、奪ってくれてありがとうって、ニーナに感謝すらしている。


「全然悔しくもなんともないわ。だからデイモンド王子とお幸せに」


 私がシリウスの番になるにせよならないにせよ、もうこの家には……ううん、この国には戻ってくるつもりはないから、二度と会うことはないでしょう。


「何よ何よ何よ! あんたがどうしてシリウス様の番に選ばれるのよ!」


 ニーナは子供ではないというのに地団太を踏む。

 うわぁ。地団太を踏む人って本当にいるんだ。びっくり。


 腹違いとはいえ妹だから、ちょっとこんなのが身内って恥ずかしいわ。


「私がいつお前に名を呼ぶことを許した?」

「ひっ」


 シリウスはいつの間にかニーナの喉元に剣を突き付けていた。

 さすがのニーナも真っ青な顔でぶるぶると震えている。


「性根が腐っているから、臭いのか」


 確かにまともな性格なら、二股とか三股とかしないものね。

 シリウスの言う通りだわ。


「放っておきましょう。もうこの家に用はありません」


 さようなら。

 家族になれなかった人たち。


「そうですわぁ。クリスティアナ様にぴったりのドレスを用意したり、宝石を揃えたりする必要がありますからね。こんなところで時間を取っている暇はありません」


 シャロンの言葉に頷き、半分だけ血のつながった他人の横を通り過ぎる。


 ホールまで行くと、そこには父もいた。

 後妻の姿はない。


「どこへ行く」

「ここ以外へ」

「許可なく家を出ることは許さん」


 ポールと同じことを言っている。笑っちゃうわね。


 こうして見ると、私が金髪碧眼の父に似ているところってほとんどないのね。


 自分に似ているところのない政略で結婚した妻にそっくりの娘を愛せなかったのは仕方ない……とは、やっぱり思わないわね。


 だって自分の子供よ?

 愛せなかったとしてもちゃんと育てる義実があるでしょう。


 しかも母が亡くなってすぐに愛人とその子供を連れてくるようなクズだし。


 こんなの父親でもなんでもないわ。

 いらないものは捨てていきましょう。


「母が亡くなってからは衣食住が充実していたとは言えませんが、この年まで死なずにいられたのは確かにアーダルベルト伯爵のおかげです。そこだけは感謝いたします」


 一応王子の婚約者ということで、身体的な暴力はなかったし、残り物にしても食事はできた。雨露をしのぐ部屋だってあった。


 それを考えれば、感謝しないこともない。

 本当にちょっとだけ。


 私はシリウスと組んでいた腕から手を抜いて、母が生きていた頃に習ったカーテシーをする。


「けれど、本日より私はクリスティアナ・アキテーヌとなります。どうかご承知おきくださいませ」


 もう隠れる必要はないから、正々堂々とアキテーヌを名乗らせてもらおう。

 アーダルベルトの名前なんていらない。


 シリウスを利用することになってしまうけど、家からの除籍には力になってくれるというし、さすがにこの国も、ドラゴラム帝国皇太子の後押しを跳ね除けられないだろう。


「許さんっ、許さんぞ!」


 唾を飛ばしながら怒鳴る顔はさっきのニーナにそっくりで、これもまた、親子だから似るのね、なんて思った。


 私は似なくて良かったわ。


 さあ、こんなのを相手にしていても時間の無駄だから行きましょう、と無視をして出ていこうとすると、玄関の向こうが騒がしかった。


 ええぇ。

 また誰か現れるの?

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