第10話 異母弟に会いました

 タンザナイトのような紫の光沢があるネイビーブルーのドレスを着た私は、シリウスにエスコートされて馬車でアーダルベルト伯爵邸へと向かった。


 歴史だけは古い伯爵家なので、王都の中心地からそれほど遠くない場所に別邸がある。


 別邸とはいっても、領地の屋敷は代官に任せてほとんど帰ることはないので、こちらが本宅のようなものだ。


 かつてはこの辺り一帯を所有していたそうだけれど、切り売りしているうちに、母屋を残すだけになった。


 それでもこの場所に家があるというだけでも貴族の面目が立つ。

 新興の貴族などは王都に家を建てる土地がないので、王都の端を流れる川の向こうに住んでいた。


 四頭立ての馬車は乗り心地がよく、すぐに伯爵家へと到着した。


 一応私の家ではあるので先ぶれもなく訪れたら、守衛がとても驚いていた。

 両親と異母妹たちはまだ起きていないのか、屋敷の中はとても静かだ。


 今のうちに、と思って自室へと向かう。


 さすがに大人数で屋敷の中に入れないので、護衛としてついてきてもらった他の人には入り口で待ってもらってシリウスとシャロンだけついてきてもらった。


 さすがに帝国の皇族と貴族であるこの二人相手に、何かしようとは思うまい。


 私の部屋は北側の一階の隅にある。

 普通、一階にあるのは使用人の部屋なんだけど、後妻が来てからここに追いやられてしまった。


 二階にあった私の元の部屋には異母妹がいる。


 そういえば昨日あれからどうなったのかしら。


 シリウスはニーナから複数の異性の匂いがするって言っていたけれど、さすがにそれでは王位継承権にも関わってくるからデイモンドの妻にはなれないんじゃないかしら。


 もし仮にニーナがデイモンドと結婚して、その子供が他の男の子供だった場合、王族を騙すことになってしまうもの。


 ガレンスかジャクソンのどちらかと結婚するしかないわね。


 部屋に着いた私は灰色のドアを開ける。

 日が昇りきらないと明るくならない部屋は、相変わらず薄暗い。


 私は壁に飾ってある母の肖像画をはずすと、大切に胸に抱えた。


「持っていきたいのはそれだけか?」


 あまりにも質素な部屋の様子に驚いているシリウスに聞かれて頷く。

 もう私の持っているもので価値のあるものなんて、これくらいしかない。


「使用人でももう少しちゃんとした部屋で暮らしていますわよ。この家の長女が暮らす部屋とはとても思えませんわ」


 部屋を見回しているシャロンが腰に手を当てて憤慨している。

 アキテーヌではなくて、この家の娘の住む部屋ではないと言ってくれているのが嬉しい。


「さあさあ、もうこんなところからは立ち去りましょう」


 シャロンが私の背中に手を当てると、すかさずシリウスが私の腕を取った。

 エスコートは他の人には譲らないということかしら。


 なんていうか、見た目は誰が見ても目を奪われるほどの美丈夫なのに、行動が可愛いのよね。


 この家にいる時はいつもくらい気持ちでいたけど、シリウスとシャロンのおかげで心が軽い。


 たとえシリウスの番にならなかったとしても、もう二度と戻らない。

 自分でも不思議なほど、この家になんの未練もなかった。


 そのまま誰にも会わずに出られたら良かったのだけれど、残念ながらそううまくはいかなかった。

 異母弟のポールが、長年父に仕えている執事を従えて玄関ホールで私たちを待ち構えていた。


「姉上、帰宅したというのに挨拶もないとは、貴族の礼儀すら忘れてしまったのですか」

「あら。私はあなたの姉だったのかしら。おい、とか、お前、と呼ばれたことしかないのだけれど」


 アキテーヌの星をはめた指をひらひらと動かしながら言うと、ポールがぐっと言葉に詰まった。

 相変わらず打たれ弱い内弁慶だわね。


「お嬢様、大変失礼でございますが、昨夜デイモンド殿下から婚約破棄をなされたとか。その件につきまして旦那様からお話があるそうです」


 私の隣にいるシリウスが誰か分かっていないのか、執事が一歩前に出た。


 慇懃無礼というのはこの男のことを言うのだろう。

 言葉遣いは丁寧だけど、私に対する態度は最低だった。


 仮にも務めている家の娘に、よくこんな態度を取れるものだと、今ならばそう思う。


 後妻のノーラだけでなく実の父にも疎まれていて、母の実家もうちよりは格下でこの家の中のことには何も言えないからといって、ここまでないがしろにされる謂れはない。


 一応執事もアーダルベルトの分家の出身ではあるけど、本家の娘に対する態度ではない。


 シリウスもシャロンも、そんな執事の態度に眉をひそめる。


「私にはありません」

「旦那様が許しませんよ」

「許さなくて結構。アキテーヌの女王である私に命令できるものは、誰一人いないと知りなさい」


 そう言って、はっきりとアキテーヌの星が見えるように掲げる。

 大きなスタールビーが、私の指に輝いていた。


「アキテーヌ……そんな馬鹿な……」


 さすがにアキテーヌのことは知っているのだろう。


 母も、隠さずにこの指輪を見せておけば良かったのだ。

 そうすれば誰もが母を大切にしてくれていたのに。


 母本人を見ていなかったとしても、それで国中が混乱に陥ったとしても、母だけはその争いから離れた場所にいられたはずだ。


 母が誰からアキテーヌの星を譲り受けたのかは分からない。

 多分、亡くなった祖母からなのだろうと思うけど……。


 そうすると、この指輪を譲り受けたのは結婚した後で、もしかしたらもう私が生まれていた?


 そう考えると、母がアキテーヌの女王であることを隠した理由が分かる。


 自分自身を守ることができても、いずれアキテーヌの星を受け継ぐ私はまだ幼く狙われやすい。


 だとすれば、母が私を守るために国王に相談したっていう可能性も、ゼロではないわよね。


 国王はそれを知っていて、アキテーヌの後継者である私とデイモンドを結婚させることによって、彼を王太子として認めさせようとした、なんていうことはあるのかしら……。


 デイモンドを溺愛している国王なら、やりかねないわ。

 いずれにしても、そんな未来はもうないけど。

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