第9話 これからどうするか考えたいのでちょっと離れてもらえませんか

 私があわあわしていると、目元を染めたままのシリウスが説明してくれた。


 なんと竜人が食べ物を相手の口に運ぶのって、求愛表現なんですって。

 そんなの知らなかったんだけど、もしかして番をOKしちゃったのかな。


「クリスティアナがその習慣を知らないのは分かっているから安心してほしい。ただ純粋に嬉しかっただけなのだ」


 どこまでも優しいまなざしに、ときめいてしまう。

 絶世の美貌が目の前にあるのって、本当に心臓に悪い。


 ふと見ると銀色に輝く髪には赤い髪飾りがついている。昨日は目の色に合わせた紫だったのに。

 もしうぬぼれじゃなければ、私の色にしてくれたのかな。


 そうだったら、ちょっと……いや、かなり嬉しい。婚約者だったデイモンド王子は、私の色なんか一度も身につけなかったから、


 手を伸ばして髪飾りに触れる。

 シャラリと髪飾りが鳴った。


「君の色をまとった。少しでも君とのよすがが欲しくて」


 照れながら言われると、私も照れてしまうではないですか……。


 もうなんだか食事どころではなくなってしまったので、手に持ったフォークで残りの朝食を平らげる。


 ……関節キスだったことに気がついたのは、全部食べた後だ。

 それに気がついただろうシリウスは、素知らぬ顔で食事を続けた。


 ううう。

 恥ずかしくて顔を上げられない。


 でも気を取り直さないと。


「あの、そろそろ下してください」

「なぜ?」


「ちょっとこの後どうするかしっかり考えたいので」

「このままでも考えられるのでは?」

「無理です」


 いやもう、本当に無理です。

 そうやって見つめられると、気が散るんです!


「さあさあ、殿下。あまりしつこくしていると嫌われてしまいますわよ」


 そこで助け舟を出してくれたのはシャロンだ。

 でも、なんか今、最終奥義が出てきたような。


 それはヤンデレを呼ぶので、あまり気安く出してはいけない技だったのでは。


「……分かった」


 素直にシリウスが私を下してくれたので、よしとしよう。


「ではこちらへどうぞ。食後のお茶を用意しますわね」


 シャロンは手慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。

 ほんのりと香る茶は、優しい味がする。


 求婚中のシリウスは匂いに敏感だから、あまり匂いの強くない、それでいておいしいお茶を選んでくれたんだろう。


「クリスティアナ様は、今日はどうなさいますの?」


 一息ついた私は、ようやく頭が働くようになった。


 朝からシリウスの顔を至近距離で見すぎて、別の意味でお腹がいっぱい。


「母の肖像画だけは取りに戻りたいわ」


 母の遺品はほとんどが後妻に盗られてしまった。


 このアキテーヌの星以外に価値のあるものはなかったから、それほど惜しくはないけど、私の部屋に飾られている小さなあの絵だけは持っていたい。


 アキテーヌの星だけは取られちゃいけないと思ってベッドの下に隠していたんだけど、ついこの間、食事を運んできた侍女がお皿を落としたはずみに見つけてしまったのよね。


 いつもなら落としたお皿なんて拾わないのに、あの時に限ってベッドの下を覗いてしまったのだ。


 あの時は裏庭にでも埋めておけば良かったと思ったけど、こうして取り戻せたのだから、これもまたアキテーヌの星の運命だったのかもしれない。


「では護衛をつけましょう。殿下、よろしいですわね?」

「もちろんだ。私も同行する」


 即答するシリウスに、そんな時間があるのだろうかと心配になる。


 だって帝国からただ遊びにきたわけではないだろうから、きっと忙しいと思うんだけど。


「クリスティアナよりも優先するものはないから大丈夫だ」


 本当かしらと思ってシャロンを見ると、その通りだというように頷かれた。

 だったら、甘えてしまっていいのかな。


「早速お召替えをいたしましょう。クリスティアナ様、こちらへどうぞ」


 シリウスを置いて食堂の隣にある部屋へ行くと、そこには王都中のドレスを全部買い占めたのではないかと思うくらい、たくさんのドレスがあった。


「できるだけ動きやすいドレスがいいですわね。クリスティアナ様の赤い髪に似合うドレスですと、こちらかこちら。あら、これも良いですわねぇ」


 トルソーに飾られたドレスは、どれも美しかった。


 高位貴族は自分に合わせたドレスを最初から作るので、一着作るのに半年や一年かかってしまう。


 だが、そこまで手間をかけられない貴族や、急にドレスが必要になった時のために、どこのドレスサロンも手直しをすればすぐに着られるドレスを何着か用意している。


 ここにはそんなドレスがすべて集められているようだ。


 シャロンが選んだのは私の赤い髪が映えるエメラルドグリーンとネイビーブルーとアイボリーだった。

 どのドレスも本当に素敵で迷ってしまう。


 シャロンが選んでくれたドレスを見ていたら、ネイビーブルーのドレスの光沢が、よく見ると紫色なのに気がついた。


 シリウスの目の色はアメジストで、このドレスの色は多色性のあるタンザナイトだけど、なんとなく同じ紫ということで手に取ってしまった。


 シャロンもそれに気がついたのか、にこにこと私とドレスを見ている。

 私がシリウスにほだされてきているのがバレバレかもしれない。


 でもまだ踏ん切りがつかないのよね。

 昨日会ったばかりだし……。


 何かきっかけでもないと、踏み切れないんじゃないかしら。





 そしてそのきっかけは、その後すぐに訪れることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る