第7話 溺愛が止まらない

「クリスティアナ、この部屋も気に入らなかったらすぐに模様替えをするから遠慮しないで言って欲しい」

「いえ、大丈夫です。とても素敵な部屋だと思います」


 むしろ落ち着いていて好みだわ。


 アーダルベルト伯爵家ではかつて物置だった小さな窓しかない部屋に住んでいたから、あんまりゴージャスだとかえって慣れないかもしれない。


「それなら良かった」


 シリウスは私の赤い髪を一房すくうと、上目遣いをしながら口づけた。


 ぴあああああああああああああ!

 甘い! 甘すぎるぅ!


 あまりの破壊力に、私の心臓が早鐘を打つ。

 だめ……心臓が止まりそう。


「あ、あの、シリウス様」

「うん?」


 甘いささやき声に、全身が沸騰しそう。


 竜人が番を溺愛するのは知っていたけど、知っているのと実感するのはまったくの別物だわ。


 こんなに溺愛されて、みんな大丈夫なの?

 ちゃんと考えられなくなってしまわないの?


「そろそろ疲れたので休みたいのですけれど……」


 お願いです。私にクールタイムをください。

 ちょっともう限界です。


「すまない。私としたことが」


 しょぼんと落ち込んだシリウスは、すぐに部屋に控えている側近を呼んだ。

 宿で出迎えた時に手前にいた竜人だ。


 こげ茶の髪に茶色い瞳で、色合いこそ地味だが、かなりの美丈夫だ。


 本当に竜人は美形ばかりだわね。

 目に眩しすぎる。


「シャロンを呼ぶように」

「かしこまりました」


 側近は一例して下がると、すぐに灰色のお仕着せを着た女性を連れてきた。

 水色の髪の毛をふんわりと結んだ、この人もまた美しい。


「シャロンと言って、そこのアダムの番だ。クリスティアナの身の回りの世話をする」


 シリウスに紹介されたシャロンは、おっとりとした笑みを浮かべてお辞儀をした。


 帝国皇太子の側近の奥様なのだから、シャロンもまた高位貴族の出身なのだろう。

 仕草のすべてに隙がない。


「初めまして、番様。私はシャロン・ベイツと申します。これから番様のいつもお世話をさせて頂きます。至らぬ点もあるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いいたします。ですが、まだシリウス様の番になったわけではないので、できればクリスティアナと名前で呼んで頂きたいです」


 そうお願いすると、シャロンは薄青の目を大きく見開いた。


「まあ、皇太子殿下に思われて、二つ返事をなさいませんでしたの? まあ、まあ」


 両手を口に当てて驚くシャロンに気まずい気持ちになる。


 やっぱり帝国が誇る優秀な皇太子に気を持たせているって思うと、良い気はしないよね。


 そう考えたら、ここって竜人ばかりでアウェーなのよね。

 とはいっても、この世界のどこにも私の味方なんていないんだけれど。


 落ちこんだ私は、次のシャロンの言葉に驚いた。


「なんて素敵な方なんでしょう。私、殿下の番になる方は、一目見て殿下の虜になると思っておりましたのよ。きっと竜人同士であれば、自我もなく殿下の言うがままに生きるようになってしまうだろうと危惧しておりましたの」


 え?

 なんだかこれは、非難されているわけではなく歓迎されている感じ?


「ですから、最終的には番になって頂きたいですけれど、その前にさんざん焦らしてさしあげるとよろしいですわ。うふふ。夫婦の仲は先手必勝ですのよ」

「先手必勝」


 思わず繰り返すとシャロンは綺麗なウインクをした。

 大人し気な風貌だけど、意外と茶目っ気のある性格らしい。


「惚れた方が負けと言いますし、主導権は常に妻が持っていたほうが後々楽ですわね。暴走も止められますから」

「暴走するんですか」


 そんな風には見えないけど、とアダムを見ると気まずげに顔を逸らした。

 ……なるほど、暴走するんだ。


「でも人族の私が竜人の暴走を止められるとは思えないんですけど」

「そこは魔法の言葉がありますから、後で教えて差し上げますね」

「ええっと……よろしくお願いします?」


 頭を下げるとシャロンは「もちろんですとも」と胸を叩いた。


「さて、ではそろそろお休みの準備をなさいませんと。その前に湯あみですね。さあ、殿方たちは、お部屋に戻ってくださいませ」


 そう言ってシャロンはうっとりしながら私の髪を撫でていたシリウスの手を、ぺいっとはがした。


 つ、強い。


 でも皇太子にそんな口をきいて大丈夫なの?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、シャロンはクスッと笑いながら教えてくれた。


「私は殿下の母方の従妹になりますの」


 確かに身内ならではの遠慮のなさだわ。


「もう一度言いますわね。クリスティアナ様に嫌われたくないなら、今すぐ部屋を出て行ってください」


 腰に手を当てたシャロンに強く言われて、シリウスは渋々と立ち上がった。


 改めて思うけど、本当にこの人は私のことが好きなんだなぁ。

 嬉しい気持ちが半分と、とまどう気持ちが半分。


 竜人の【番】が、生まれる前から決まっていた魂の片割れだったら、こんなに揺れなかったと思う。

 だってそこには個人の感情なんてなくて、ただ決められた相手だから愛するっていうだけだもの。


 でもシリウスたち竜人の場合は、一生愛し続けるほどの一目ぼれをした相手が【番】なので、それはやっぱり純粋に嬉しい。


 問題はシリウスが皇太子ってところよね。

 私に皇太子妃なんて務まるのかしら……。


 何度も振り返りながら部屋を出ていくシリウスに手を振りながらそんなことを考えている私は、もうかなりほだされている。


 だってあれほどの美形にあんなに熱い目で見つめられたら、ほだされるのは仕方ないというかなんというか……。


「お湯の準備ができましたのでこちらへどうぞ」


 シャロンに促されてお風呂に向かうと、そこには素敵な猫足のバスタブが置いてあって、湯舟の中には花びらが散らばっていた。


「綺麗……」


 あっという間に服を脱がされてバスタブに向かう。

 温かいお湯が、いろんなことがあって疲れた体に染み渡るようだ。


 うとうとしながら髪の毛を洗ってもらって全身を磨かれる。


 今まで家ではちゃんとした侍女がついていなくて手入れをしていなかったから、髪も肌もパサパサだったけど、お風呂上りに全身のマッサージまでしてもらって、どこもかしこも艶々のピカピカになった。


 鏡を見ると、顔もマッサージのおかげですっきりしていて、これなら竜人の隣に立っても少しは見劣りしなくなるんじゃないかと思った。


 そしてそんな風に思った自分が恥ずかしくて、少し赤面した。

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