第6話 これはもしや、お姫様抱っこ

「あ……でも、それなら獣人の番もアキテーヌがきっかけですか?」


 番を求めるのは竜人だけじゃない。

 そう思って聞いてみたんだけれど。


「あれらは獣の本能によるものが多く、竜人のそれとはまったく違う」

「そうなんですね」


 動物の特徴を持っているから、そっちの本能に引きずられちゃうのかな。


「では違う種族同士が番になることはないんですか?」

「まったくないとは言えないが、あまり多くないと聞く」


 なるほど。だったら、お互いが唯一無二になる狼とライオンが番だったなんていう悲劇は、あんまり起こらないってことかな。


「ただ相手が人族の場合は、基本的に一夫一婦制だがそうではないものもいるから、一見してどういった性質か分からず問題になることが多い」


 ああ、うん。ニーナみたいな子ってことよね。


 そこでじっとシリウスに見つめられる。

 もしかして私もニーナと同類だと思われてる?


 止めて―! そんなの冗談じゃないわ。


「私はただ一人の方と添い遂げたいですわね」

「私にとってそれは僥倖だ」


 そう言って指先に口づけようとするので、私はその手をやんわりと取り戻した。

 だってまだ番になるかどうか決めていないもの。


「たとえば、の話なのですが、番と決めた方に思いを返されなかった場合はどうなるのですか?」


 そう聞くと、シリウスの紫水晶のような美しい瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれてきた。


 えっ。ちょっと聞いてみただけで泣く?


 あわあわしながら、私はドレスのポケットからハンカチを取り出した。


 受け取ったシリウスは泣き止んだものの、それで涙をふかず、大切な宝物のようにそっと胸ポケットにしまった。


「いやいやいや、それで涙をふいて?」

「でも……クリスティアナから頂いたのだと思うともったいなくて……」


 あげてないし、貸すだけだし、と思ったけれど、また泣きそうなので言葉を飲みこんだ。


 ドラゴラム帝国の皇太子は切れ者で有名だったはずなんだけどなぁ。

 どんなに優秀でも、番の前だとこんなにポンコツになるんだろうか。


 涙はどうするんだろうと思っていたら、豪華な刺繍のついた袖の折り返しで涙をぬぐった。

 袖だけでも私のハンカチの何百倍もしそう……。


「その、私たちはまだ出会ったばかりですし、私は婚約破棄されたばかりです。新しい婚約を、と言われてもすぐには頷けません。それに私は竜人のことも番のことも知らないので、教えて欲しいのです」


 シリウスは私の前向きともとれる発言に気を取り直した様子だった。


「神殿で婚姻を結ぶ前であれば、番は成立しない。とはいえ、その後新たな番に出会う確率はかなり低くなってしまう」


 シリウスの説明によると、番とは、一目ぼれに近く、自分と最も相性の良い相手なんだそうだ。


 その時点でベストな相手なので、振られてしまった場合、心のほうが新たな番を得たいと思わないらしい。


 要するに失恋の痛手を受けているため、新しく一目ぼれをする気になれないということだ。

 そして番になった後に相手がいなくなってしまうと、衰弱して死んでしまうのだそうだ。


「それって死別でもですか?」

「天寿を全うして納得の上の死ならいいが、そうでない場合は衰弱して死ぬ」


 そうなんだ……。

 この世界で最も力のある竜人なのに、番に対して弱すぎじゃないのかな。


 もやは呪いに近いのでは。


 そんなことを考えている間に、シリウスが滞在している宿についた。


 さすがにドラゴラム帝国の皇太子が泊まるとあって、王国で最も由緒ある宿を貸し切りにしていた。


 シリウスの手を借りて馬車から降りると、シリウスの随員としてやってきた竜人たちが一斉に並んで待っていた。

 そして私たちの姿を見て、一斉に花びらを撒く。


 待って。結婚式じゃないんだから、花なんて撒かないで。


「殿下、番の方を見つけられたとのこと、お慶び申し上げます」

「お慶び申し上げます!」


 一番手前で待ち構えていた人が頭を下げてそう言うと、他の人たちも言葉を揃えた。


 いえ、あの、まだ番になるって返事はしてないので……。

 プレッシャーになるからやめてください……。


 思わず後ずさりそうになるけど、シリウスががっちり私の背中に手を当てていて、逃げようがない。


 振り返ると、神々しいばかりのご尊顔がうっとりと私を見下ろしている。


 それは、なんというか、もう二度と離さないと言わんばかりの執着をほのめかせていて、ぞくっと背筋が震えた。


「寒いのか? いけない、すぐに中へ入ろう」


 背中の震えが手に伝わったのか、シリウスが慌てる。

 そして――。


「きゃっ」


 横抱きに抱えられた。


 こ、これはもしや、お姫様抱っこ――!


 貴族令嬢として、王子の婚約者として、体型には気をつかってきたから重いということはないと思うけれど、それにしてもこんなにあっさり抱き上げるなんてかなり力があるのね。


 ドレス越しに感じる腕の筋肉は、思いがけずたくましい。

 恥ずかしくて、シリウスの胸元に顔を伏せてしまった。


 シリウスが喉で笑ったような振動が伝わってきたけど、顔なんて上げられない。


 そのまま宿へ入った気配がして、階段を上った。


「さあ到着したよ。気に入ってくれればいいんだけれど」


 そっとソファに下されて周りを見ると、優しいベージュ色に統一された落ち着いた部屋の中だった。


 ダリヤやラナンキュラス、デルフィニウムなど、香りの強くない花が、いたる所に飾られている。

 いつ番を見つけて香りに敏感になるか分からない竜人に配慮して部屋を整えているのが好ましい。


 こういった細やかな配慮が、この宿を一流と呼ぶのだろう。


「この宿を買い取ったから、もう家には帰らなくても大丈夫だ。取りに行きたいものがあれば、後で一緒に行こう」


 ふかふかのソファに腰掛けた私の隣にさりげなく座ったシリウスは、とんでもない発言をした。


 え、待って。

 買い取った?


 えええっ!?

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