第5話 溺愛に溺れそう
舞踏会の会場から連れ出された私は、外装も内装もとてつもなく豪華な馬車に乗っています。
隣には絶世の美貌を持つドラゴラム帝国の皇太子シリウスがいて、とろけるような目でずっと私の顔を見ている。
……穴が開きそうな視線って、こういうことかしら。
思わず現実逃避してしまいそうなほど、シリウスはずっと私を見ている。
そして少しでも目が合うと、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべる。
甘い。
甘いわぁ……。
溺愛って、ちょっと憧れていたけど、こんなに居心地が悪いのかしら。
今まで放置されて育ってきたんで、こういう視線に慣れないのよね。
私たちが乗る馬車は、シリウスが滞在している宿へ向かっている。
そう決まるまでも大変だったのよね……。
デイモンド王子に婚約破棄された後、シリウスだけじゃなくて獣人国の王様も伴侶の名乗りを上げ、聖王国は聖女の座を打診してきた。
デイモンド王子に婚約破棄されてその新しい相手が異母妹のニーナなので、アーダルベルト伯爵家にもう私の居場所はない。
いや、元からなかったようなものなんだけど、さらにひどい扱いになるのは目に見えている。
今まで身体的な暴力を振るわれなかったのは、仮にも王子の婚約者だったからだ。
それがなくなってしまった今、家族だけではなく、使用人からも暴力を受けるかもしれない。
それくらい、ひどい扱いだったのよね。
今まで私、よく我慢してたわ。
もちろん前世の記憶を思い出したから、もうそんな扱いに甘んじるつもりはない。
もし記憶を取り戻していなかったら、父とか王家のいいように扱われていたかもしれないけどね。
だって私はアキテーヌの星を持っていたのよ?
この世界において、最大のジョーカーとも言える切り札を持っていたんだから、それを有効に使うべきだったのに、そうしなかった。
女は家長に従わなければならないって固定観念に取りつかれていたんだと思う。
亡くなったお母様は「あなたが本当に信頼できて、あなたを守れるほどの相手でなければアキテーヌの女王であることを打ち明けてはだめ」って言ってたけど。
その言葉通りに、父には打ち明けてなかったみたいだけど。
そのせいであんなにないがしろにされてた訳なんだから、歴代のアキテーヌは生ぬるいわよ。
デイモンドにしても諸国の王にはふさわしくないんだから、国王に訴えて他の婚約者に……いえ、だめね。
他にロクな人材がいないわ。
王太子には婚約者がいるし、その側近も諸国の王になれる器じゃない。
とはいえ、王子の婚約者だったんだから、他国の王とのつなぎは取れたはずよね。
その中から、最もふわわしい相手を、私が選べば良かったのだ。
ええ、そうよ。
これからでも【私が】選べばいいんだわ。
私は熱をはらんだ眼差しで私を見つめるシリウスを見る。
じっと見つめたからか、シリウスの顔がだんだん赤くなってきた。
……ちょっと可愛いかも。
この世界で最も美しく、最も力を持つ竜人。
その中でもシリウスは優秀と名高い。
竜人は番を求める習性があるけど、番が見つかるまでの間でいいから妃にして欲しいという女性たちが多かったと聞くわ。
そうしてシリウスの相手になったとしても、もう二度と自分だけの番は得られなくなる。
分かっていても、それでも恋人になりたいと願うほどの想いを捧げられた。
けれど、シリウスはやがて出会う番に恥じぬ自分でいたいと、決してなびくことはなかったのだとか。
うん。どこぞの浮気王子に爪の垢を飲ませたいくらい立派ね。
こうして考えると、お母様の「本当に信頼できて私を守れる相手」っていうハードルは、楽にクリアしているんじゃないかしら。
いずれドラゴラム帝国の皇帝になるっていうのが面倒だけど、番である私を守るくらいの甲斐性はあるだろうし、もしかして理想の相手?
もう一人プロポーズしてきた獣人の王は、アキテーヌの女王である私を求めた。
聖王国もしかり。
私という個人を求めてきたのは、シリウスだけだ。
仮に私が獣人の王の番だったとしても、あの人、ライオンの獣人なのよね。
ライオンは一匹の雄と複数の雌で構成されるプライドと呼ばれる群れを作る。
つまり、ハーレムを形成する。
さすがにハーレムの一員になって、一人の男を奪い合うのは勘弁してほしい。
勝てる気がしないし、アキテーヌの星を受け継ぐ女児を産んだら、すぐにライバルに殺されそう。
かといって聖女になってずっとお祈りする生活っていうのもね。
だから二人には丁重にお断りしてシリウスの馬車に乗った。
だって……ねえ。せっかく異世界に転生したんだから、もっと楽しみたいじゃない。
そう考えるとシリウス一択なんだろうけど、問題は竜人の溺愛がどの程度か、よね。
ほら、よく聞くじゃない。
番を愛するあまり、外にも出さないほど囲い込む、って。
今世で聞いたのかしら。それとも前世の物語だったかしら。
どちらでも良いけど、このまま監禁生活っていうのはつまらないわ。
「シリウス様、お聞きしたいことがありますの」
「なんなりと」
私に話しかけられたことが嬉しいのか、シリウスの顔が喜びに包まれ、その美貌が一層輝いた。
ついでにそっと手を取られる。
「人族である私には番というものが良く分かりません。できれば教えて頂きたいと思います」
大雑把な知識はあるけど、まさか王子の婚約者だった私が誰かの番になるなんて思わなかったから、いわゆる一般的な知識しかない。
でも番と一言で言っても、種族ごとに対応は違うはずだ。
「竜人が最も強い力を持つ種族であることは知っているか?」
「ええ」
「そして竜人は、力を持つゆえに傲慢だった。ある時、最も力を持つ竜人が一人の乙女を見初めてさらったのだが、竜人には多くの恋人がいて、嫉妬した恋人の一人に乙女が殺されてしまった。乙女が死ぬと持っていた指輪が赤から青に変わり、それ以降、竜人は最初に見初めた相手としか婚姻できなくなってしまった。神の怒りに触れたのだ」
「その指輪は……もしかして、アキテーヌの星?」
シリウスはスタールビーに変わった指輪がはまった指先を優しくなでた。
「そう伝えられている」
竜人の間でしか伝わっていない話らしく、初耳だった。
物語でよくある番設定に、そんな裏話があったとは。
それにしても、そんなところにまでアキテーヌの星が関わっていたとは思わなかった。
もしかして、歴史の陰にアキテーヌあり、なんてことがあったりして。
「それでその竜人はどうなったの?」
「乙女を失った喪失に耐えられず、死んだ」
えええええ。
アキテーヌの女王、神様に愛されすぎじゃない?
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