3話 冥とクロムノーツ。

「まぁ、言うと思ってたけどね」


「なんで!?」


 わかってましたと言わんばかりに呆れた表情を浮かべるクロムノーツに、僕は困惑する。


 幾らメイド好きだとバレていても、流石に他の選択肢を選ぶ可能性も捨てきれないだろう。なので、普通ならチート能力とか欲しいって言われると思うだろうに。


 何故と考えている僕に、彼女は「え?」と言いたげな顔をした。


「だって私、冥ちゃんの思考読めるもの」


「そーだったわ。女神だった」


 完全に忘れていた。いや、しょうがないよね。直前のエピソードと言うか出来事が濃かったのだから。


 でも、思考読まれたのはプライバシーの侵害なので少し睨んでみることにする。


「ふふっ」


 女装姿で睨む僕を見て、彼女は何処か楽しそうだった。


 閑話休題。


「で、です。冥ちゃんの願いを叶える為には、少し貴方の協力が必要なの」


「協力?」


 何処から取り出したか分からないケーキを頬張りながら、クロムノーツは淡々と話を進める。どうやら、僕にはケーキくれないらしい。


 彼女はケーキの上に添えてあった苺をフォークで刺すと、あーん!と勢い良く口に放り込む。


 到底、人に話をしているとは思えない。が、しかし彼女はしっかりと要点を話す。


「流石に女神という立場上、貴方に最強の能力とか与えられるけど、生命を勝手に生み出すのはタブーなの」


 「私の担当じゃないし」と少し加え、クロムノーツはまたケーキの一切れを口に運ぶ。あ、ほっぺにクリームついた。


「だから手助けは出来るけど、人自体は冥ちゃんが集めなきゃいけないの。これが協力して欲しいこと」


 クロムノーツは申し訳なさそうに言う。


 別に構わないのだが、異世界最強をお願いしただけあって心配な点はある。


「でも異世界最強を相手に出来る自信ありませんよ。こう言うのって、大体は倒してから仲間にするでしょう?」


 僕が見たテンプレ的異世界小説の仲間集めは、倒した奴と絆が生まれたりするものばかり。僕に出来る自信はない。


 かと言って、もう一つのパターンである恋愛ルートからの仲間入りも、僕のコミュ力では無理だろう。


 一体、こんな僕でも異世界最強の仲間を集められる秘策があるのだろうか。


 僕の問いに、クロムノーツは答える。


「先程にも言いましたが、生命を生み出すことは出来なくても、冥ちゃんの仲間集めの手助けは出来ます。なので、別に貴方が自分の力で戦う必要はありません」


 なるほど。サポートはばっちりと。


 協力と言えば聞こえは良いが、実際にやることは僕がメイド候補の元に行き指示に従う程度なのだろう。


 クロムノーツはケーキの最後の一切れを口に入れ飲み込むと、フォークを僕の元に向ける。


「人選は私がしますから、貴方は私の指示通りに動いてください。身の安全は保証します」


 安全らしいのでホッとした。


「分かりました」


 僕は軽く頷く。何処か、素っ気ない。


 と同時に、クロムノーツは椅子から勢いよく立ち上がった。


「じゃあ早速、行ってきてもらいます」


「ええ!?急!!」


 「時間なーいの」とクロムノーツはそそくさと準備を始めた。特に手慣れているという事はなく、ゆっくりと着実に事を進めている。


 僕はどうしたら良いのか分からず、取り敢えず準備が終わるまで椅子に座っていることにした。


 変に手を出して問題起こしても嫌だしね。


「それでねー、今から仲間にしようとするのは一人の女の子。年齢は18、白髪、容姿端麗」


「おお!!」


 クロムノーツは作業の片手間で詳細を話す。彼女の顔はどこか暗い。


 対照的に、僕は白髪と聞いて歓喜の声を上げる。


「でも問題なのが、今彼女が置かれている状況。彼女は確かにその世界最強。その力を世界平和の為に振るっている。けど、たった一人」


 クロムノーツの声音は暗い。


 まるで物語のあらすじを語っているようだった。


「幾ら世界最強でも、数の暴力には勝てない。彼女は今、棺桶に片足踏み入れてる」


「その弱みに漬け込むって言うんですか?」


 僕は怪訝そうに言う。


 クロムノーツは目を細める。


「そう思われても仕方ないか……」


 いつのまにか、彼女の表情は先程までの明るさを失っていた。


「なら、僕は少し気が引けます」


 僕は椅子から立ち上がって言う。すると、クロムノーツの手は止まり、彼女は僕の方へと歩み寄った。


「でも、見捨てられないの。弱気を助けようとしている彼女が、無惨に死んでいくのを防ぎたい。でも、私は直接干渉出来ない」


 彼女が見たことのないような形相で、取り乱したように語り、勢い余って僕を押し倒す。


「え……?」


 彼女の目には涙が浮かんでいた。


「これも協力して欲しい事。私が君の仲間に選ぶのは、本来なら死んでしまう子。私が、助けられなかった子たち」


「償いって事ですか?」


「そう。でも、君の協力があればあの子達を助けてあげられる………」


 僕は気づいてしまった。


 クロムノーツが僕を助けた最大の理由は、ここにあるのだと。人集めという名の人助けを、僕に協力させようということ。


 けれど、嫌な気はしない。


「こうでもしないと、彼女たちの死を曲げられない。例え弱みに漬け込むような真似をしたとしても、間違った死よりよっぽど良いの……」


 クロムノーツが優しいって分かるから。


「お願い……少し、協力して……」


 だから、僕は彼女の手を取った。


 利害の一致でも良い。例え僕が、利用されているのだとしても良い。


 今ただ、彼女の涙が僕の胸を締め付けていた。それが、心の底から苦しかった。


「分かりました。やりますよ、人助け」


 僕は彼女の体を抱き寄せて、優しく撫でる。


 どうしてだろうか。意識すると出来ないけど、なんかこんな時に限って簡単に出来るんだな。こういうこと。


「……ありがとう」


────数刻後。


「冥ちゃんは偶然、戦場に居合わせたメイドとして彼女を助けて。転送位置は彼女の目の前」


 僕はクロムノーツに最終確認をされていた。


 どうやらもっと過去に戻って歴史を改変しようとすると、神界のお偉いさんにバレかねないから処刑の直前に転送されるらしい。


「転生が完了したら、すぐこれを構えて」


 彼女は僕に一つの剣を差し出す。


 刀身の長さからしてロングソードで、特にこれといった装飾はなされていないシンプルなもの。


 シンプルすぎて逆に心配になってくる。


「強度は問題ないですし、初撃さえ防げればそのあとは私の指示通りに行動できます」


「了解」


 もうこの際、細かい事は気にしないようにした。キリがないし。


「では……」


 クロムノーツは準備してあった魔法陣を起動させると、僕の体は淡い光の粒に包まれた。


 綺麗だなと見惚れているうちに、僕の体は透けていき、次第に視界が真っ白に支配されていく。


「さぁ、頑張ろう」


 僕は、今剣を構えておくことにした。


    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「これで終わりだな、魔王──カフィア!ここが貴様の墓場だぁあああああ!!!」


 幾つもの命が絶たれた戦場で、また一つの命が失われようとしていた。


 それは暴君が支配する国から弱者を守ろうとし、魔王と呼ばれた一人の勇者。


 最強と呼ばれた彼女の力を持ってしても、一対大多数という点で力の差は無意味と化していた。


 彼女は最期まで戦った。どんな酷い目に遭っても、決して諦めることなく戦い続けた。しかし、限界は訪れた。


 剣は砕け、成す術はない。


 彼女は全てを諦めた。心残りだけを宿して。


 暴君が、彼女に向けて剣を振り下ろす。


 誰もが暴君の勝利を確信した、その刹那。


 周囲に轟音と共に爆風が吹き荒れた。


「な、何だ!?」


 周囲に舞った砂煙がなくなりつつある一瞬、彼女は何者かの姿を視界に捉えた。背格好から見て、男。しかし、シルエットはメイドに近い。


 彼はまた暴君の剣を意図も容易く受け止めているようだった。そして、煙が完全に無くなった後、戦場は彼に支配された。


「誰だ、貴様は!?」


 暴君が目を見開いた。


「あ、貴方は……?」


 カフィアが声を震わせながら尋ねた。


 目の前の彼は暴君の剣を受け流し、達人技と言えるほど素早く、綺麗に、暴君の首を刎ねた。


 鈍い音を立てながら倒れる暴君を前に、彼は名乗りを上げる。


「私は冥。暴虐の徒から彼女を救う、ただのメイドだ」


 その声は、可愛い女の子そのものだった。

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