第十話 異人類《ヴァリアント》


「それにしてもなんでまたAランク迷宮なんかに? 1階層とはいえ適正難易度とは言えないと思いますけど」

「……えっと。あの、その……」


 少し経ち、黒髪の少女が落ち着いたのを見計らって事情を問いかける。

 彼女がソロかつLv.20台前半なのは聞き出していた。どう考えてもこんな場所に来る理由がないのだ。


「わ、私はその……恥ずかしながら現在パーティを組めておらず」


 迷宮高等専門学校。通称迷専。その名の通りダンジョンに関する全般を学ぶ専門学校だ。全国に幾つか点在しているが、基本的に志望倍率が非常に高い狭き門。特に冒険科は花形である。


「なんとか頑張って交渉してみたのですが……私の方も事情があり中々受け入れてくださるところが見つからず」

「なるほど」


 。十中八九異様な黒髪の下に隠された顔に関する話だろう。

 素顔を見せない非礼はこれまでの会話の中で既に受け取っている。気にせず話を進めた。


「ですが何故わざわざAランク迷宮に?」

「……う。その、なんと言いますか」


 黒髪の覆い越しでも分かるほど右往左往と視線を泳がせながら少女はなんとか言い訳じみた説明を絞り出した。


「売り言葉に買い言葉と言いますか。Aランク迷宮にソロで突撃して帰ってこれたらパーティに入れても良いと言われ……つい」

『大和、この娘結構アホだよ』

「禊。たとえ本当でも言っていいことがあるからね?」

「うっ、否定できない……私は調子に乗ったアホです、すみません」


 禊と大和の容赦ない一言に崩れ落ちる恋華。テンションがダウナーな方に入ったのか、地に四肢をついてシクシクと泣き出した。

 面白い娘だなぁと打てば響く反応を返す少女へ大和と禊は珍獣を見る視線を送った。

 

(大和)

(なに?)


 うずくまってさめざめと泣いている少女へ届かないよう加工した通信でと内緒話を交わす二人。

 

(あの娘、多分だけど)

異人類ヴァリアントだね。Lv.30以下での存在昇華ランクアップは珍しいけど)


 異人類ヴァリアント

 人ならざる者variant、あるいは勇気ある者valiant

 概ねLv.30を基準に冒険者へいずれ訪れる変化、存在昇華ランクアップ。多くの場合は各々の得意分野に合わせて《職業クラス》を得て特化した能力値とスキルツリーを得る。だが稀にと変異することがある。

 巨人、エルフ、サキュバス。あるいは鬼、天狗、吸血鬼。極々稀にだが、神や悪魔に変ずることすらも。

 大概は種族:人間の冒険者より頭一つ抜けた強力な能力を得るが、外見を含めて種族的なハンデを負うこともある。恐らく恋華もその一人なのだろう。


存在昇華ランクアップでハズレ種族を引いたのかな。そういう外見に難がある種族って交渉判定でマイナス食らう分戦闘力は高いんだけど)

(ゲーム時代じゃガチ勢に人気だったけど、いまだと大外れもいいところだろうね)


 蜘蛛人アラクネー冬の妖婆バーバ・ヤガー妖精の守護者スプリガン。醜い外見と強力な戦闘力を持つ種族へランクアップし、利点を生かせればいい。だが活かせなければ……その外見的欠点がただの負債として襲い掛かる。

 恐らく恋華はそうした犠牲者の一人、なのかもしれない。


(僕や禊はラッキーな部類、なんだろうね)

(ん。見かけは普通だしステータスも優秀。当たり種族だったのは確か)

 

 大和もまた例外ではない。初期種族の《人間》から《超人》を経て二度の存在昇華ランクアップで《英雄》に至った異人類ヴァリアントである。禊も種族は違うが似たようなものだ。


(彼女に負い目がある訳じゃない、けど)

(何も思わない訳でもない?)

(そんな感じ)


 こそりとした問いかけにこっくりと頷く。

 大和は冒険者業界の活性化をガンガン推進している人間だ。当然恋華のような人間も出るだろうことは承知の上で。そもそもLv.30に至る者が稀で、さらに異人類へ変異する確率を考えればまさに万が一という事実もあるのだが。


「んー。紅さん、ちょっといいですか?」


 それはそれとして今の彼女を放っておくのは何となく寝覚めが悪い。無論、下心もあるのだが。

 大和は落ち込んだままの恋華に声をかけた。

 

「……申し訳ございません、大和様。私、いま地面とお友達になるのに忙しくて」

「この返しは予想してなかったなぁ」


 黒髪が汚れるのも気にせず地の底へ墜ちそうなダウナーなテンションで力なくうずくまった恋華の返事に、変人耐性を持つ大和達も流石に苦笑した。中々に変人指数が高い。

 

『なんというおもしれー女。Dtuber配信者でもやっていけそう』

「配信者? とんでもありません! 私が顔を出しては視聴者の皆様に申し訳ないというものですから」


 禊もこのキャラの濃さに素直な感想をこぼす。

 が、やはり見せられない黒髪の下がコンプレックスなのか、地面から飛び上がって否定する恋華。冗談めかしてはいるが声には強い拒絶の色があった。

 一方で大和もまたその程度で怯むような可愛げはない。むしろガンガン自分の意見を押し付けていくタイプである。

 

「それでは顔出し無しならどうでしょう? 人生何事も経験。一度は試してみるということで」

『あ、そういうこと?』

「……え? ……あの、それはどういう?」

「大丈夫! 顔バレ対策はこちらで考えます。紅さんはただ頷いていただければ――」

「え? えっ!? いえ、本当にどういうことですか?」


 無駄に力強い大和の提案を咄嗟に飲み下せず首を傾げる恋華。その話はあまりにも突然すぎ、強引すぎた。

 困惑も露わにした彼女に構わず大和はニコニコ笑顔で続ける。


「つまりですね、僕の配信にゲストとして出演しませんか? なお配信に出演したらさっきの救難ミッションの報酬はチャラで!」

「え”っ!?」


 世界で一番有名なダンジョン配信者からの藪から棒な提案に声を詰まらせる恋華。一般人の反応としては極めて正しい。

 

『悪くないと思う。私は賛成』

「みそP様も!? え、本当に何故ですか突然!? 意味が分からないし私に都合がよすぎて怖いっ!?」


 あまりに斜め上過ぎる展開に恋華が悲鳴を上げた。

 ノリが軽いから忘れがちだが、大和のチャンネルは同接数が常時十万人を余裕で超える超人気コンテンツ。十万の視線を向けられる場に立つのを気後れするのはむしろ当然だ。


「紅さんが視聴者ライバーズなら御存じと思いますが僕、才能のある冒険者さんを育てるのがライフワークなんですよ」


 なおこの場合人生を充実させるというより必要責務的な意味での人生を懸けたお仕事ライフワークである。怠れば漏れなく文明崩壊からの人類滅亡コンボのオマケつきだ。


「丁度次の配信のネタを探してたところだし紅さんなら丁度いいかなって」

『恋華はいい感じにキャラが立ってるし才能もある。適任』

「ゲストは確保したとして何をやろうか」

『恋華のレベルに合わせてダンジョン攻略でいいんじゃない? 辻師匠役は慣れてるでしょ』

「やっぱりそこらへんが無難かなー」

「お、お待ちください! 私はまだ承諾したわけでは――」


 息を合わせて恋華の出演を既成事実化しようとする二人に当の本人は悲鳴を上げて制止しようとするが、


「まあまあ」

『まあまあまあまあ』

「まあまあまあまあまあまあ」


 、と圧を強めてむりやり強行突破しようとする姉弟二人に目を白黒とさせた。

 

「こ、このお二方プライベートでもめちゃくちゃ強引っ……!?」

 

 圧を強められた分一歩後ずさる恋華だった。

 警戒する野良猫のようになった少女へ今度は一転して圧を収めて告げる大和。


「いえまあ、流石に本気で嫌なら諦めますが、勿体ないじゃないですか。色々」

「勿体、ない?」

「何よりもキャラが立ってるのがいいですね! キチンと実力はあるLv.20台のにソロ活を拗らせてAランク迷宮へ挑戦なんてエピソードの持ち主とかこの時点で超面白くないですか!?」

『おまいう』


 どの口で、と禊に突っ込まれつつも華麗にスルーし更なる褒め殺しを続ける大和。


「それに声は可愛いしお嬢様口調だし礼儀作法がしっかりしてるのも高得点。いやむしろ僕が恋華さんメインの配信を見たい!」

「う……わ、私なんてそのような」


 前半はさておき後半のナチュラルな褒め殺しに声を出せず照れたように俯く恋華。

 もじもじとむずがゆさに耐えるように身動ぎしながら言葉に迷う彼女の姿は何とも言えず乙女チックだ。劣等感コンプレックスのせいで自分に自信がないのだろう。どこかおどおどとしていて、思わず守ってあげたくなるような薄幸パワーを周囲に振りまいていた。


「……その。私が配信に出演したら大和様は喜んで頂けますか?」

「もちろん!」

「ご、ご迷惑ではないでしょうか。本当に、私なんかでいいのでしょうか……?」

「そのままの紅さんがいいんです!」

「ど、どうか恋華とお呼びください!」

「分かりました、恋華さん!」

「大和様……!」

『このお馬鹿……』


 チラチラと黒髪越しに流し目を送られながらの問いかけに一瞬も迷わず答える大和。躊躇なく名前呼びされ、やや恍惚とした呟きを漏らす恋華の姿に禊が頭を抱えた。弟があまりに罪深すぎる。悪気が一切ないのが逆にタチが悪かった。


「で、では……あまりに未熟な、不束者でございますがどうかお引き立てのほどよろしくお願いいたします」

「ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いしますね!」


 古風な言い回しとともに淑やかに頭を下げる恋華の手を取り、率直に喜びを叫ぶ。

 その無邪気な姿に毒気を抜かれたようにクスリと笑う恋華だった。

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