第五話 幹部会議②

 幹部陣は性格に問題こそあれ基本的に有能である。

 故に職務に徹すれば会議はスムーズに進んでいく。だが会議そのものはスムーズでも話し合われる議題までがそうとは限らない訳で――、


「今回も高Lv.冒険者の育成は進展なしですか」


 腕を組んで唸る大和が言う通り、高ランク迷宮の攻略に必要不可欠な戦力の育成は遅々として進んでいなかった。

 ここは文明崩壊が必ず訪れる世界。故に転生者プレイヤーは必ず訪れる滅びに抗うための備えを蓄え続け――やがて来る文明崩壊ラスボスへ溜め込んだリソースと全力プレイをぶつけるのがこのゲームの醍醐味だった。

 その点ではサバイバーズ・ギルド全体で文明崩壊対策がまだまだ十分とは言えない。


「す、すまないね大和君。力不足を恥いるばかりだ。この上は私がもっと頑張らなければ――」

『「「「「「「あんたははよ寝ろ社長」」」」」」」』

「みんなっ!? しかしだねぇ」


 目の下のクマが青黒い社長が妄言をこぼすと一斉にツッコミが入った。温厚な大和や皮肉屋の蛇狐すら真顔である。

 それだけ社長のワーカーホリックは有名なのだ。


「こればかりは社長や大和君だけが頑張ってもしょうがないですからねぇ。むしろ頑張るべきは二人以外とちゃいます?」


 なあ、と蛇狐が周囲を見渡すが普段の言動から煽られているようにしか感じない。なんとも微妙な空気が漂った。


「なら蛇狐君も迷宮攻略頑張ってみます? お姉さんが後ろで頑張って応援しますよ♡」

「それを応援するのか聞いてええ?」


 ニコニコ笑顔でのあざといまでに可愛らしいエールに酢を飲み込んだような顔をする蛇狐。

 アニマの魔女っ子スタイルは伊達ではない。毒と呪詛の類は得意分野である。


「そんなそんな。分かってるでしょ?」

「おお怖。雑魚は雑魚らしく大人しく工房に引っ込んどきますわ」


 言葉にしない笑顔の恫喝に蛇狐が大袈裟に身を震わせた。

 戦闘以外の技能にスペックを大きく振った生産職である蛇狐の戦闘力は低い。その分腕前はピカイチであり、そちら方面で貢献するのが最も効率的だった。


「とりあえず、大和君が求める水準を確認しましょう……」


 グダグダになりかけた場をまとめるべくヒソリと囁くように、しかしはっきりと涼やかな美声が耳に届いた。

 資料編纂局の長、倭文シズリからの冷静な提言に皆が頷く。


「ゲーム時代の話ですが、確かAランク迷宮攻略に必要な人数はLv.80台の4人パーティが最低2組。ただし成功率は5割程度だったはず、です。確実を期すならもう1パーティは必要、かと」

「僕も妥当と思います」

「つまり大和君や禊君に少し劣る冒険者をあと10人か」


 繰り返そう。

 Aランク迷宮の安定攻略には本物にやや劣るとは言え10


「これ無理じゃないカナー?」


 アニマが乾いた笑顔で零す力のない呟きを否定する者はいない。みな渋い顔だった。


「当方がペイルライダーに病を貰わねばまだ戦えたものを……慙愧に堪えぬ」

「いえ、ペイルライダーをれたのは星玄先生がいてくれたからこそです。そんな」


 世界最大規模の《迷宮領域レルム》である九州全土を統べるモンスター、黙示録の四騎士フォー・ホースメンが一騎たるペイルライダーが本州へ侵攻を開始したのがおよそ5年前。

 星玄は約2年間に渡って続いた戦いの中でペイルライダーから深手を与えられ、今も後遺症と大幅なLv.ダウンに苦しんでいた。

 不意に、と星玄の鎧姿が揺れた。声一つ漏らさず、しかし収まらない肉体の震えが示すのは……苦痛。


「忌々しい……」


 サイバーパンク風味の大鎧がガシャガシャと駆動音を鳴らすと機構カラクリが動作し、内部の肉体へ複数の薬剤を投与する。やがてゆっくりと震えが収まった。

 これは防具であると同時に星玄の肉体を保護する医療器具でもあるのだ。

 かつては大和すら一蹴する程の力量を誇ったトップ冒険者の痛ましい姿に幹部陣は何も言えず沈黙した。


「というかですねぇ。大和君や星玄さんを謗るつもりはないですけど、そもそも行住坐臥戦いを貫徹できる人がおかしいんですよ。それにこの世界普通にLv.ダウン発生しますし」


 敗北宣言に等しいアニマの言葉を誰も否定しない。大和ですら。

 この文明崩壊世界でLv.を上げるということは、滅びに向き合って抗い続けるということだ。

 だが皮肉な話だがLv.を上げ、滅亡に備えて準備を整える程地震や周囲の安全は確保されていく。例えば今の幹部陣なら文明崩壊ラスボスがこの瞬間にやって来ても生き残るなら可能だろう。

 そうなるとふとした拍子にこう脳裏に過ぎるのだ。

 遊戯ゲームから現実リアルへ変わった弊害だろう。

 誰だって安全に生き残りたいが、そのために戦えば戦うほど死に近づいていく矛盾。その矛盾に耐え切れず、大抵がどこかで折れる。それは素質URの転生者だろうと例外ではない。

 折れた心根に向上心が湧くことはなく、必然として。そして一度緩んだ決意は簡単に戻らず、途端にレベルが上がらなくなる。

 

「ここまで来るとむしろ大和君がどうしてここまで強いのかの方が不思議な気がします、ね?」


 資料編纂局のシズリが首を傾げながら言う言葉に大和へ視線が集まる。その問いかけに大和は当然のように答えた。


「ゲームの時と同じようにすればいけますよ?」


 いつもの笑顔でなんてことがないように返ってきた台詞にため息が一斉に漏れた。


「それが出来ないから問題なんやないかなぁ」

「蛇狐君と同意見とか腹立ちますけど頷かざるを得ませんねー」

「サンプルとしては不適当、かと」

「聞いた私達が馬鹿でしたねー」

「不同意である」

「まあまあみんな大和君も悪気はないんだから」

「社長の一言が一番傷つきました」

「”!?”」


 周囲から容赦のないフルボッコであった。止む無し。なお最もダメージを受けていたのは社長だった。


「ここまで来たらいっそAランク迷宮攻略は諦めてその分のリソースを他所に――」

「アホ言え。弱体化一切なしのラスボス相手に一戦とかAランク迷宮より難易度高いやろ」

「かといって見込みが立たないまま闇雲にリソースを注ぎ込み続けるのは反対、です。まず問題の要点を掴むべき、でしょう」


 喧々諤々。会議は踊る。されど進まず。

 みながみな真剣に、一方で少しでも多く己とその部署へ利益誘導せんと火花を散らす。

 全員が仲間であり同士だが、同時に僅かでも生き残る確率を上げるため妥協はない。大組織の難しいところだった。

 そうして議論が煮詰まりかけたところに、ある一言が全員の耳に滑り込む。


「うーむ、やっぱりプランBしかないですかねー」


 腕を組んで難しそうな顔の大和が零した一言に会議の喧騒が止まる。

 幹部と言っても率いる部下がいる訳でもない。だがやはり人類最強の称号は重みがあった。


「プランB?」

「そんなものがあるなら最初からそっちをですね――」

「そういえばスレでも言ってたね。なんなん? 大分匂いがするんやけど」


 騒ぎ出そうとする幹部陣を遮り蛇狐が真っ先に問いかける。


「それはですね――」


 やはり笑顔のまま大和はプランBについて説明を始め――聞き終えた全員が渋い顔をした。

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