第四話 幹部会議
《サバイバーズ・ギルド》。
世界経済、特に冒険者業界に深く根を張り、政府にも隠然たる影響力を持つ秘密組織だ(なお実態)。
そのフロント企業であるオモイカネ工業は業界2位以下の企業と比較してもダブルスコア以上の経済規模を誇り、堂々の世界1位。
そんな今を時めく世界的大企業を裏から支配する組織の幹部陣が集まる幹部会議。それはまさに日本の行く末を左右する場であると言っても過言ではない。いや、本当に。残念なことに。
「みな、集まったようだね。それでは会議を始めよう」
ゆったりと落ち着いた深みのある声が会議の始まりを告げる。
普通の室内に似合わない装飾過剰気味な円卓に腰かけた面々(一部はPC越しに参加だが)を見渡し、声を発したのはオモイカネ工業社長のトップ。サバイバーズ・ギルド構成員からはただ『社長』と呼ばれることが多い。サバイバーズ・ギルドのまとめ役であり実質的なリーダーの位置にある男だ。
「ではみんな、報告を頼む」
凶相の男だった。
品のいいスーツの上から白衣を羽織った姿はむしろ理知的なイメージを与えている。だが”目”がおかしい。
ギョロリと血走り、落ちくぼんだ眼窩。端的に言えば目がイッていた。悪の秘密結社のマッドサイエンティストと言えば信じる者も出たかもしれない。
「いい? もし悪い報告でも躊躇しないでね? 一人で抱え込んじゃダメだよ? みんなで協力するための《サバイバーズ・ギルド》なんだからね?」
なお実際のキャラクターは言動そのままの善人だ。
文明崩壊へのプレッシャーと度を過ぎた責任感で不眠症を発症。目に深い隈を作りながら追われるように働き続けるワーカーホリックである。
彼に向ける合言葉は『いいからはよ寝ろ社長』だ。
『管理者からは特になし……です。アプリやチャンネルでも異常なし、です』
「うん、異常がないのは良いことだ。重要な部署だからこそ中々人を増やせず申し訳ないが、何とかやって欲しい」
『がんばり、ます』
真っ先に答えたのはこの場にいない一人の少女。サウンドオンリーと表示されたPCから少女らしくやや高く、鈴を転がすように透き通った声が届く。
アプリ《サバイバーズ・ギルド》の管理者、みそP。
「訓練局の
「流石だ、剣城。その調子で頼むよ」
「承知」
続いて答えた男 (?)は異相であった。なにせ声は機械音声、さらに肌が露出している箇所が一つたりともない。
サイバーパンクに改造された和風大鎧に身を包み、兜を模したヘルメットは顔全体を覆う。さらに眼球があるべき箇所にはアイカメラが仕込まれ、今も周囲をジッと見渡している。見た目だけなら部屋の中で突出して異質であった。
名を
《サバイバーズ・ギルド》の創立メンバーの一人であり、ダンジョン攻略の最前線でモンスターと斬り合っていた元武力要員筆頭。今は一線を引いて後進の育成に携わっている。
「資料編纂局、
「……それは重要だな。何か手を考えてみよう。資料は準備済みかな?」
「はい。元々この場で議題に挙げるつもりだったので」
手に持った本から一度も視線を上げないまま淡々と報告する女性。礼を失した態度だがその場の誰も気にしていない。それが彼女の日常であり、当たり前だからだ。
野暮ったい黒縁眼鏡をかけ、地味な服装。黒のロングヘアを背中に流した大人しそうな見かけとは裏腹に極めて重度の
「事務統括局の
「ああ、うん。既に募集はかけているところだ。数は揃えられるだろう。後は募集人員の適正を見るのにそちらからも人を貸して欲しい」
「っしゃあ! 流石社長! 愛してるっ!」
半ば涙目になって大増員を訴える全身をカッチリとOLスタイルに決めた女性が社長の返答にやったぜとガッツポーズを取った。
《サバイバーズ・ギルド》とそのフロント企業であるオモイカネ工業。双方に跨る事務統括局を任された有能な才媛である。一番地味だが実務上の最重要部署の長を大過なくこなす才女だが、最近は組織拡大に伴い人手が追い付かなくなっていた。
「技術開発局、順調ですぅ。社長から預かった部下が優秀やからね。ぶっちゃけ楽をさせてもらってますわ」
「ああ。彼らからも君の活躍は聞いている。流石は蛇狐君だ」
「アハハ。詳しい評判の中身は聞かんときますわ」
細く閉じられた線目。ツンツンと逆立つ黒髪。身を包むは異様に袖が長い黒のカンフーウェア。蛇か狐を思わせる胡散臭い雰囲気が全身からこれでもかと漂っている。椅子にどっかりと腰かけ、組んだ足をだらしなく前に投げ出すというなんともふてぶてしい態度の青年だ。
配信者名、仙道蛇狐。彼はギルド幹部でありアイテムクラフト系の配信を行うDtuberでもあった。歯に衣を着せない彼の配信は大体罵声と怒号と悔しさ交じりの称賛が乱れ飛んでいることで有名だ。
「生産局のアニマです♡ アイテムの増産に対して人手が不足気味なので至急人を回してください♡」
「あぁ、うん。そうしたいんだけど最近はどこも人が足りてなくてねぇ……生産局は既に人員が多いこともあって中々ね」
「ですよねー♡ なら希望者がいれば優先的にということで」
中学生にも見える幼い容姿の魔女っ子 (?)があざといくらいに可愛らしい声で要望を上げる。
明るい亜麻色のロングヘアに添えるように被るのは飾り付きの黒のトンガリ帽子。身に纏うはフリルがたっぷりあしらわれた漆黒のゴシックロリータ・ドレス。背丈に不相応の豊かな胸元を大きく開け、I字の谷間を見せつけている。
セクシャルな一部を除き少女趣味的なファッションであり、小柄で可愛らしい童顔によく似合っている。たとえ実年齢が2
配信者名、魔法少女アニマル☆アニマ。使役するモフモフ系モンスターとの日常配信や手製の香水や魔法薬の作成など幅広い視聴者層を揃えたベテランDtuberだ。
「うわキツ(笑) ちょっとアニマ姐さん、不意打ちで笑わせんといてくださいよ」
「あ”あ”っ!?」
目に付いたらとりあえず煽りにかかる悪癖持ちの蛇狐がアニマの猫かぶりに早速チロリと舌なめずりした。
煽られたアニマも見た目ほど可愛らしい性格ではない。本職がビビりそうなくらいドスの利いた威嚇を発した。
「まあまあまあまあ。落ち着いて二人とも。ほら、蛇狐君はアニマさんに謝って。アニマさんも年下の言うことだからね。心を広く持ってね」
冷や汗を流しながら胃が痛そうな顔で仲裁する社長。変人揃いの幹部の中で数少ない良心の持ち主なので大抵彼がそんな役割を負っていた。
幹部陣の癖が強い。というよりわざわざ
「すいませぇん。
「社長♡ 悪い事は言わないからこいつをぶっ殺しましょう♡ 今、ここで」
「うん、落ち着こうね。ほんとね。回復魔法があると言っても限度はあるからね?」
年上と書いてアラサーと読むニュアンスを込めた、謝罪に見せかけた煽りにアニマがピキる。ガチトーンでの殺害宣言に蛇狐が「おお怖」と大袈裟に身を竦めた。社長の胃は締め付けられた。
他の面子がまたかとため息を漏らしかけた時、
「あ
蛇狐の悲鳴とともにどんがらがっしゃん、と物が倒れる派手な音が響く。
だらしなく椅子に身を預けた蛇狐の頭が突如後ろに弾け飛び、併せて勢いよく椅子ごと後ろに
「蛇狐君? そういう口が悪いとこ治そうって前にも言いませんでしたっけ」
「おーイタタ……酷いで大和君。何も君までボクを虐めなくてもええやんけ」
大和の叱責を受け、額を痛そうに手で抑えながら立ち上がる蛇狐。そこには何か小さく軽く硬いものを高速でぶつけられたような赤い腫れがあった。
「蛇狐君?」
「……ハーイ。すみませんでしたー」
いつもの黒の詰襟学生服と制帽に身を包んだ黒鉄大和が
ここまで大体いつもの流れである。
「大和君もよく
腹立たしい男が物理的制裁を受けたことで留飲を下げたアニマが同情交じりに大和へ問いかける。一割くらい本当に友達止めたら合法的に幹部の席から蹴落としてやろうと思っているのはアニマだけの秘密だ。
「酷いやん。ボクほど友達思いな奴はおらんで?」
「なら大和君以外の友達の名前を言ってみな」
「――ええか? 友達ってのはな、作れば作るほど人間強度が下がるんや。だからボクは友達を選んどるんやね」
真顔での即レスに「知ってた」という空気が流れる。
蛇狐と対等な友人として関係を築いている者は非常に少ない。というか大和一人だ。
大体全方位煽って敵に回す根性下水煮込みな性格。たまに醸し出す変態的な言動からだろう。
「蛇狐君の戯言はさておき――」
「え、大和君からも戯言判定なん?」
「戯言はさておき」
蛇狐の抗議は大和のニッコリ笑顔で押し潰された。
「会議を続けましょう。それにしても始めるだけでも一苦労ですね」
変人揃いの幹部陣を見渡しての発言に全員が全くだと頷いた。誰もが自分だけは例外だと心の棚に都合の悪い事実を放り投げながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます