歌うたいの猫

 そのころ、街では住民たちが首をかしげていました。船着き場に舟が到着する時刻なのに、いつものように時計台の鐘がならないのです。


 住民たちは顔を寄せ合い、不安げにささやき合いました。どんなに小さな音でも鐘の音を聞き逃したくなかったのと、大声で言い合うとそれが言霊となって現実になるのが怖かったからです。


「あの古びた鐘は、ついに鳴らなくなってしまったのか」

「しっ! そんなことを言って、ほんとになったらどうするの」

「そうだよ。鐘が鳴らなければ、地上のみんなのことを思い出すことも減って、地上が余計に遠くなってしまうよ」

「いやだ、ぜったい。そんなの怖すぎる」

「わたしたち、どうすればいいの」

「待って! 歌声が聞こえるわ」

「時計塔の方からだ!」


 鐘の音に代わり、時計塔の方角から聞こえてくるのは美しい歌声でした。




 その日以来、舟の発着時間になると、星屑のブランコは雉白もようの猫を乗せて時計塔のてっぺんまでするすると上がっていきました。

 猫の歌声は街じゅうに届き、かつての鐘の音と同じように住民たちの心の拠り所になりました。


 そしていつしか、雉白もようの猫は虹の橋の住民や渡し守たちから、歌うたいの猫と呼ばれるようになっていたのです。



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