第4話 犯人逮捕


南原 哲哉


 僕は行灯あんどんにぶつけた教会の軽自動車を運転して、安西商会を目指した。


助手席にはシスター葵、後部座席には山姥。これから、犯人と対決するのだ。

何という、シュチュエーションなのだろう。あまりに、非現実的だ。


僕は、軽のオーディオシステムにCDをセットした。


「何してんの」


「これから、犯人と対決するのだ。勇気の出る威勢のいいBGMが必要だろ」


オーディオからは、重々しい陰鬱いんうつな前奏が流れて来た。次に『あああああ~』と女性合唱だ。


「これは・・・・・」


「マタイ受難曲」


「・・・・・」


「縁起悪いね」


僕は、マタイ受難曲を取り出し。別のCDをセットした。


『ブォブ~ブブゥ~ブォブ~ブブゥ~』オーディオからパイプオルガンのやけにいかめしい演奏が流れてきた。


「バッハのトッカータとフーガよ」


「う~ん、納得」


「南原くん、もう少し緊張感持ってほしいな~」



 そうこうする内、車は安西商会に着いた。建屋の一部に灯りが点っている。


「あっ、あの黒い車。犯人の車だわ !」


「え~⁉、あの車は沢田さんの車だよ」


「間違いない !」


「うう~ん」


信じられない。何かの間違いだろうと思った。




 事務所には沢田さんが居た。


「あなた、放火犯でしょ。神罰があたります。地獄へ堕ちろー」


「何言ってんだ。あんた頭おかしいんじゃないか」


「あなた、頬に傷がありますよね。それが、何よりの証拠です。いずれ、警察もやってきますよ」


「うぬっ!」


沢田さんは、思わず頬に手をやった。


青くなった沢田さんの顔が、徐々に赤黒く変色していった。


「この、アマァア~!」


強く握り締めた拳が、ブルブル振るえていた。


葵は僕の後ろにまわり込み「尼ですが、何か」と、沢田さんの神経を逆なでするようなことを言っている。


沢田さんが、殴りかかって来た。思わず、両手で頭をガード。


その時、遠くでピーポーピーポーと音がして、あっという間に大きな音となり、キキーと事務所前で止まった。


そして、ドヤドヤと警察官が乱入して来た。


「沢田 たくみ、暴行容疑で緊急逮捕する」



 沢田さんは手錠をかけられ、連れて行かれた。


葵さんも、事情聴取ということで警察へ。車も警官が運転して警察へ。


呆然とする僕と山姥ギャルは、簡単な事情聴取を受けパトカーで北山山姥バーへと帰ることとなった。




山姥バー


 山姥バーは閉まっていた。


「寄ってく・・・・・」


「うん」


とにかくショックだった。消防団の先輩、沢田さんが放火殺人犯だったなんて。


今でも、信じられない。


「あ~あ、もう、何を信じていいのか・・・・・」


「世の中は、案外意外性に富んでいるのよ」


山姥ギャルは、解った風なことを言った。


「あ~あ、晴菜さんとも連絡が取れないし、俺、どうなっちゃうんだろう」


「晴菜さんに私の事、ある事無い事話してんでしょう。きっと晴菜さんは、人の告げ口や陰口が嫌いなのよ」


「そんな事ないよ~、俺は言ってない」


「ふふん」


山姥ギャルは、鼻で笑った。


「付いてらっしゃい」


山姥ギャルは席を立った。



『何なのだろう』僕は、ちょぴり不謹慎な期待を持って付いて行った。


途中で何やら持って、着いたのは女子トイレだった。


「ここ女子トイレだよ。いいのかよ」


「いいのよ」


不謹慎な期待は益々膨らんだ。何か、スペシャルプレイが始まるのかな。



 山姥ギャルは、洗面台の前でピンクのカツラを取った。次いで、長いつけマツゲを丁寧に取ると、顔をゴシゴシ洗い始めた。


パンパンと顔を叩くと、ゴシゴシとタオルで顔を拭いた。


そして、鏡越しに僕を見てニタリと笑った。


「ああー!、ウソだろー⁉。信じられないぃー」


鏡越しに山口 晴菜さんが、皮肉な笑みを浮かべていたのだ。




南能警察署


 捕まった沢田 巧は、スラスラと自供した。


動機は、安西商会、安西社長への恨み。人材派遣会社、安西商会はいわゆるブラック企業だと言う。残業時間が月80時間を超えるという。やたら長い。それに、ストレスが半端ない。


登録会員からは、絶えず突き上げがある。わがままだし、文句を言うし、言うことをきかないし、むだんで休むし、途中で帰っちゃう奴もいるし、何人かまとめて派遣する時は班長を決めて責任を分担してもらうが、それでも負担は大きい。


派遣先の企業との対応も、きついストレスがかかる。派遣員の人選、相性、時間調整、通勤の方法など雑務を待ったなしでやらなければならない。担当者も言葉つきは丁寧だが、穴など空けたひには、恫喝どうかつされていると感じる。ただ、ひたすら謝るしかない。


前任者も神経性胃潰瘍で辞めていった。


俺も、空腹時は胃がキリキリと痛む。


それが、1月から所長になった。所長とは名ばかりで、仕事は変わらない。むしろ、責任は重くなった。それに、一応役員ということで残業代は付かない。何のことはない、役員になって給料が減ってしまった。ドツボに嵌はまったようだ。辞めようと思うのだが、止めるに止められない。


いずれ、鬱を発症するか、胃に穴が空くか、それとも過労死か、それとも自殺か。


いや、自殺なんかしてたまるか。安西を殺して死刑になった方がましだ。


俺は、安西を殺したことを今でも後悔なんかしてない。


と、いうものだった。




 なを、シスター葵の必死の祈りが天に通じたのか、行き倒れ勇者は一命をとりとめた。




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南野・山姥殺人事件 森 三治郎 @sanjiro

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