第3話 山添の丸八教会


MBSテレビ南野支局


「おい、安西社長の葬式の絵、頼むぞ」


「了解しました」




山添の教会


「あの~、ここでは告白みたいなものを聞いてくれるのですか」


「もちろんです。何でも話して下さい。秘密は守ります」


「告白ではないのですが、あの~俺、見ちゃったんですよね」


「何を見たのですか」


「放火してる人をですよ」


「今、世間で騒がれている放火犯ですか」


勇者はバックを引き寄せ、中からハンカチに包まれた手帳を取り出した。


「これ、犯人が急いで逃げる時、落としていったハンカチと手帳です。俺は、反対側の暗がりに居たのですよ」


「これ、重要な証拠じゃないですか。警察へ」


「いや、警察は嫌いだ。それに、あらぬ疑いを掛けられそうだし」


「う~ん」


「葵さんに任せます。警察に提出するなり、新聞社に持ち込むなり好きなようにして下さい」


「う~ん、また、厄介なことを・・・・・」




南能警察署


「課長、葵と名乗るシスターが来ています」


「ん、何のことか、解るように言え」


「タレコミです」


「良し、すぐ会う」


これまた不可思議な生態の女というのが、第一印象だった。


葵は、行き倒れの勇者を保護していること、その勇者が放火犯を目撃し犯人が落としたハンカチを拾ったことを話した。手帳のことは、伏せていた。放火犯とはいえ秘密の暴露には、なぜか抵抗があり、かつ自分で読んでから必要と思われたなら提出しようと思っていた。


捜査班は色めき立った。


「シスター、その勇者にあえないかな~」


「本人は、会いたがらないようです」


「これは非常に重要なことですぞ」


「こちらとて同じことです。教会の信義に関わることです」


「う~ん」


『まあいい』すでに、捜査対象に入ってしまったのだから、いずれにしても尋問することになるだろう。今日は、情報提供に敬意して無理強いはしないでおこう。



 MBSテレビ南野支局の三田村は、色めき立った捜査官の動きを察知した。『スクープの匂い』だ。聞き耳を立てた三田村の耳に、山姥、シスター、行き倒れの勇者、教会、タレコミ、目撃情報など断片的に聞こえて来た。三田村はそれらの情報を、頭の中で組みなおしてみた。


行き倒れの勇者を教会のシスターが保護、勇者の山姥情報をシスターが警察へ持ち込む。


こんなところかな。


三田村は、支局へと急いだ。




MBSテレビ南野支局


「よくやった。うん、うん」


八島ディレクターは、三田村をべた褒めした。


「行き倒れの勇者、いいな~。シスター、最高だ。山姥もいいぞ~。スクープだ。独占取材だ」


八島は、大はしゃぎをしていた。




 行き倒れの勇者だと・・・・・、ふざけた野郎だ。ただの浮浪者、ホームレスじゃないか。まずいな~、何とかしないと。




丸八教会


 MBSテレビの南能放火事件の報道があった夜、教会に電話があった。


『こちら、南能山添道の駅の場長じょうちょうですが、丸八教会さんに折り入って相談があります。夜分遅くに申し訳ありませんが、7時に道の駅の事務局の方にお越しいただけないでしょうか』


「7時ですか、遅いですね」


『はい、申し訳ありません』


「はい、解りました」



 葵は、7時10分前に道の駅に着いた。


7時になっても、事務所は閉まったままだった。5分過ぎて、急に胸騒ぎを覚えた。


今の時間帯に、呼び出すはずなんてない。葵は不安に駆られ、教会へと急いだ。


教会に着くと同時に、黒っぽい車が走り去った。事務、住居部の扉が開いていて、灯りが漏れていた。勇者が倒れていた。背中には、禍々しい細身のナイフが付き立っていた。


「勇者さん、しっかり。気を確かに持つのよ。今、救急車を呼ぶからね」


「あ・・・・・、あお・・いさん。えふぇ、犯人の顔を引っ搔いてやったよ」


「ああ、よくやった勇者!。神のご加護がありますように。もう十分です、何も言わなくていいですよ」



 救急車と一緒に、警察車両も付いてきた。


勇者が背中を刺され、住居部がかなり荒らされている。何かを探した痕跡だ。


「まったく、言わんこっちゃない最悪の事態だ」


「課長さん、勇者の右手、気を付けてください。犯人の顔を引っ掻いたそうです」


「えっ ⁉」


みるみる、課長の顔に喜色が広がっていった。


「了解、大手柄です。有無を言わせぬ証拠物件です」


「勇者、危篤なんですけど」


「ああ、失礼しました。不謹慎でした。うん、犯人逮捕は時間の問題でしょう」



 その後も警察の捜査は続いたが、葵はいつの間にかいなくなっていた。




山姥バー


 キキーとブレーキ音がして、ガシャンと音がした。


と、引き戸がガラガラ、ピッシャンと勢いよく開けられた。


入って来た修道女服姿の葵に、バーに居た全員が一斉に注目した。


「何だい、新しいコスプレかい」


「何ですか、あなた?」


葵は山姥ギャルをジッと擬視した。無い、顔に傷がない。すると、昼の山姥犯人とのテレビ報道はウソだったのか。


「どうしたのですか」


葵は動揺した。


その時、思わずツツーと涙が流れ落ちた。すると、今までの張り詰めた気持ちがはじけ、大量の涙が堰せきを切ったようにポタポタと土間どまに落ちた。


「まっ、とにかく掛けて」


山姥ギャルは、テッシュを箱ごと差し出した。


「それで・・・・・」


葵の動揺が収まるのを待って、山姥ギャルが尋ねた。


 葵はつかえながらも、行き倒れの勇者を保護したこと、その勇者が放火犯を目撃し落としていった証拠を持っていたこと、葵がその証拠の一部を警察に届けたこと、それがテレビで報道されたこと、葵が騙されて道の駅の場長を名乗る者に呼び出されたこと、その間に勇者が刺され今重篤であること、そして居ても立っても居られず犯人と対決の覚悟でここに来たこと、そして山姥ギャルが犯人でないと解ったことなどをとつとつと語った。


「そう、大変だったね。だけど、後は警察に任せたら。危険だし」


「私、ジッとして居られない」


「何処へ行くつもり?」


「取り敢えず、安西商会」


「そう・・・・・行くわよ」


山姥ギャルは、南原を見た。


「えっ、俺 ⁉」


「他に誰が居るのよ。経緯を聞いたでしょう」


「え~、俺、ビール飲んでんだけど~」


「一杯飲んだだけでしょう。行くわよ」




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