第2話 山姥バー

山添の教会


 シスター葵に、充実した日々が来た。


入院した牧師様に代わり留守番を任されたが、取り立てて今の時期は何をするでもない。時々来る信者たちは、牧師の容態を尋ね、少し話しをし、短く祈りを捧げ帰って行く。

そんな空白を埋めるように、青年は何処からか来た。これは、主の思し召しかなと思えた。



「ここは・・・・・?」


青年は、状況が分からなかった。ベットに寝かされている。何処、誰が、何故・・・・・疑問が尽きない。


丸八まるはち教会の中です」


葵は応えた。


「あなたは、教会の外で倒れていたのですよ」


「ああ・・・・・」


「あなた、お名前は?」


「・・・・・言いたくない。すみません、助けてもらいながら勝手なこと言って」


葵は困った顔をした。


「すみません。僕のことは勇者とでも呼んでください」


「まあ、勇者。行き倒れの勇者」


葵はコロコロと笑った。


「丸八教会は、渇いた者には水を、餓えた者にはパンを、寒い者には衣を、迷える者には導きを、を旨としています。気になさることは、ありません。お腹空いてませんか」


「はい、すみません」


「まあ、謝ってばかり。何もありませんが、すぐ用意しますね」




 皆が騒いでいる。大騒ぎしている。ふふふ、バカな奴等だ。俺だけが正解を知っている。

何だろうこの優越感は。要は、俺が先導してやっているのだな。ふふふ、俺が、超越者だ。神だ。

燃えろ、激しく燃えろ、燃やし尽くしてしまえ。




南野警察署


 4月20日、下川地区で、火事発生。会社経営、安西あんざい 康臣やるおみさん宅全焼、安西さんと安西さんの妻、波恵さんが行方不明。火のまわりが早く、かつ火の気の無いところから発生していることから放火と思われる。一連の放火との関連も疑われる。


「最悪の事態だ」


一連の放火事件はボヤであったせいもあり、やや緊張を欠くきらいもあった。しかし、今のところ不明者だが死亡と同じだ。死者が出たのだ。それも、2人も。


署内も会議も、ピリピリとした悲壮な張り詰めた緊張があった。


「目撃情報は!」


「今のところありません」


「鑑識!」


「今回は、今までとは違いがあります。今回は、布を丸めた物に揮発物、灯油かガソリンでしょう、それをしみ込ませた物を針金で括り、長く伸ばした針金を振り回してベランダに投げ込んだと思われます。さらに悪質なのは、ボロの中にガソリンの入ったペットボトルを入れてあったことです。ベランダで、爆発炎上したと思われます」


「うむ、非常に凶悪だな。次・・・・・」




MBSテレビ南野支局



「今回は死者が出た~、全国版だぞ、気合いを入れて行けー」


「はーい」


「急げ、昼版で流すぞ~。その前に、近隣のインタビューの絵を取って来い」


八島ディレクターのやけに生き生きとした檄が飛んだ。人の死を悼む心は、微塵も感じられない。




山姥バー


 僕と沢田さんは、山姥バーに居た。


「死者が出たんですって」


「ああ、会社経営者の安西さんという人だ。確か、沢田さんとこの社長だったよね」


「うん、そう。それで今、大変なんだ」


「そうでしょうね~。大変ね~」






丸八教会


 シスター葵と行き倒れ勇者は、教会裏の畑で長靴を履いて農作業をしていた。


「乾燥牛糞をこの位撒いて、後から私が耕運機で耕すわ」


「はい」


「身体は大丈夫」


「はい、何とか。ここに何か植えるのですか」


「トマト、ナス、キューリ、ジャガイモなど。収穫したら近くの道の駅で売るの。教会の運営費に充てるのよ」


「ほほう~」




 作業は終わり、しばしの休憩。


「はい、ドクダミ健康茶」


「ほう~、まずそう。でも、身体には良さそう。もしかして、これも道の駅で売ってたりして」


「正解」


「ええー⁉、ここって、ホントに教会なんですか」


「何言ってんですか、罰当たりな!。あははは、この格好を見なさい」


葵はローブをまんで持ち上げた。


「コスプレだったりして」


「愚弄するのですか」


「すみません、そんなつもりは。・・・・・仕事があるなら、俺を下男として雇ってもらえませんか」


「う~ん」


葵は考え込んでしまった。


やがて「勇者よ、労働をせよ。その労働の成果をもって、我は汝を主催者に推薦をするであろう」


と、宣言をし十字を切った。




南能警察署


「課長、ネットにおかしな書き込みがあります」


「何だ」


「目撃情報です。火災現場で山姥を見たとあります。お祭り状態です」


「何だ、その山姥とは」


高橋はスマホで山姥を検索して、課長にみせた。


「北山区に、山姥バーというのがあります。そこに昔、東京で流行った山姥ギャルが居まして、けっこう人気があるようです」


「うむ、胡散臭うさんくさいな。そんな変な恰好なら、目撃情報で上がって来てるはずだが。ガセっぽいな。いや、どんな些細なことでも疎かにはできん。その発信元は特定できるか」


「匿名ですから、難しいかと」


「犯人側のかく乱かもしれない」


課長は、しばし何かを考えていた。


「おい、高橋。山姥バーに行ってみよう」






山姥バー




「いらっしゃいませ~」


遠藤課長はギョッとした。ピンクの髪、黒い顔、白いアイシャドー、白い唇。実物を見るのは初めてだ。すごい、怪しい。不気味である。


「君、すごいね。そんな成りでは、目立つだろう」


「あらヤダ~、お客さん。これは商売用。まさか、こんな成りで外出なんてしませんよ~。あははは」


「うん、だろうね、納得。あのね、この人と商談があるんだ。2人にしてくれないかな。それと、俺ビール、この人飲めないからウーロン茶」


「はい、承知しました」



「やっぱり、山姥情報はガセみたいだな。あんな恰好で出歩いたら、かなり目立つからな。高橋、商談をするフリをして情報を集めるぞ」


「はい」


高橋はカバンから書類を取りだした。



「課長」


高橋はメモしたものを、課長に見せた。


そこには、安西商会、社長、葬式、消防団、サワダ、ナンバラの文字があった。


「うん、重なる部分があるな」




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