第12話 硝子窓

 リセット……リセット……リセット。

 ファストフード店のカウンター席で、3DSを手に持ち、僕はリセットを繰り返していた。画面にはその度に、頭に懐中電灯を付けたリセットさんがツルハシを持って現れる。

 あの時、アイスクリームなんて買いに行かなければ。彼女の側にいれば。後悔が消えることは無かった。

 毎回違う、同じ意味の説教を繰り返し、とうとう画面が真っ暗になる。電源ボタンに指を掛けた時、画面に明かりが点いた。

「ちょっとはビックリしたか? ぐはははは! けどな、アスム。いつまでも脅かすだけと違うかもやで。そのうちエライめに遭うかもしれんから、あんまり調子に乗るなよ。とにかくリセットはやめとこ!」

 僕はゲーム機の電源を切り、蓋を閉めて鞄に仕舞った。このゲームをすることは二度とないだろうと思った。

 もし過去に戻る事が出来るのなら、何回怒られたっていい。ほんの一日だけで構わない、昨日に、戻る事が出来たなら……。

「アスムくん?」

 ピーコが恐る恐る、といった様子で声を掛ける。僕は、どんな顔をしているのだろうか。

「発表、どうだった?」

 尋ねるとピーコは小さく笑い、両手で丸を作った。

「ヤマトも合格したよ。当然だけど」

 そう言って後ろを振り返る。数人のクラスメートと一緒に、明るい表情で店に入って来るヤマトが見えた。

「もうすぐ、皆んなとも会えなくなるね」

 ピーコが言った。

 会えなくなるという言葉が、妙に気持ちをざわつかせた。


 クラスの連中とカラオケに繰り出して、DOESを歌いまくっても、気持ちは晴れなかった。ふと、ドリンクメニューにレモンサワーがあるのを見つけた僕は、何の気なしにタッチパネルをタップした。

「ちょっとアスムくん、何やってるのよ」

 どさくさに紛れてアルコールを注文しようとしたのを、ピーコは見逃さなかった。

「間違えただけよね。そうよね」

 ピーコの、笑っていない眼が怖かった。

「うわっ!」

 突然後ろから腕を掴まれ、僕はヤマトに部屋の隅へと連れて行かれた。

「お前、どうしちまったんだよ」

 声音で、怒っているのが分かった。

「補導されて、合格取り消しになったらどうする」

「……ごめん」

 ちゃんと自覚しろと真顔で説教されて、僕は顔を伏せるしかなかった。


 店を出る頃に降り出した雨は次第に本降りになり、カーテンを閉め忘れた二階の窓に吹き付けていた。幾つかの雫が合わさって一つになり、重さに耐えかねて一筋の流れとなる。ひざを抱えて壁にもたれ掛かり、僕はぼんやりと、それを目で追っていた。

沙絵さんの涙。絡みついた白い腕と、背中に押し付けられた乳房の感触。そして震える声が、頭から離れなかった。

──私を連れて逃げて。ここから救い出して。

 僕にもっと力があったなら。雅尚さんと戦えるぐらい大人だったら……。

 沙絵さんを、奪いたいと思った。

 待っていて欲しいと言ったら、彼女はどうするだろう。必ず助けに来るからと、そう告げたら……。

 身の程知らずにも、そんな思いを抱いた途端、暗い声が僕を打ちのめす。

──責任も取れないくせに、正義感だけ振りかざさないで。

 そう。僕は無力だ。何の力もない、ただの子供だ。沙絵さんを助け出すなんて、無理に決まっている。

 雨は激しくなり、細かった流れは滝のようになって、透明なガラスの表面を流れ落ちていく。雨粒が激しく窓を叩く音は、木の葉が風に騒めく音に似ていた。

 悔しくて、情けなくて。感情の置き場が見つけられなかった。

 歯を食いしばり、こみ上げる嗚咽おえつを抑えることだけが、その時の僕にできる精いっぱいだった。

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