彼女たちの仕事

 研修施設と言う名の、オトコたちに建てさせたビル。



 二十幾年の時を経てその臭いも浄化されたはずだが、それでも鼻を動かしたそうな人間は一人もいない。



 単純に、すし詰め状態なのだ。



 化粧やら香水やらのにおいがダブりまくり、プラス×プラスがマイナスになっている。


「室村社は本気で金を払って来るのかなー」

「払わないんじゃないの?どうせ自分たちは絶対に正しいとか思ってるからー」

「本当、面倒くさいよね。自分が正しいと思っている存在を揺るがすのって」

「と言うかそれぐらいならまだましだと思うけど。真剣に話を聞かない奴より」


 まだ開始前ではあるが雑談が絶えず、服装もほぼ飛び込みと言うか移民して来たばかりの人間が多いためバラバラ。

 中村や和伊崎のような存在がぎっしりと詰め込まれ、やたら騒いでいる。彼女らのように仕事に就いて話しているのは優等生で、多くは食べ物がどうとかお酒がどうとか服がどうとか香水がどうとかの話ばかりしている。




「はい静かに。そこ、研修の始まりですよ!」


 それでも合川と言う名札を付けた教官らしき女性が入って来ると静まる辺りはさすがだが、それでも緊張感を急に持つ事は難しい。何人かふやけた顔をしていた研修生に対し、教官はさらに叱責の言葉を飛ばす。


「さて皆さん。皆さんは今日から我が町の防衛隊、いや正義と安全を守る電波塔の職員です。皆様の力あってこそ、この世界は平和になるのです。世界中から過剰な欲望を排除し、清らかな世界を作り上げるのです。皆様の双肩には、人類すべての運命がかかっているのです。

 もしこの中に、オトコに対して徹底的に憎悪を抱く方がいたら挙手してください。

 …はい、わかりました。私たちのやっている事は結果的にであるにせよ、オトコを助けてしまう事になります。もしそれが不服であるとしたら、遠慮なくこの場でおっしゃってください。

 …いないようですね。では改めて申し上げますが、我々の仕事はこの町を守る事であり、オトコたちを過剰な性欲から解放する事です。いずれはこのような防備施設も要らなくなり、世界中を自由に、かつ安全に歩き回る事が出来るようになるのです。ですがまだ現在はその状態には程遠く、世界に安心の二文字はありません。誰もが、何にも怯えずに済む世界を作る。それが私たちの役目。それはオトコたちにもまた女性に対して真に優しく、真に良き世界を作る事を教え込む事になるのです。そうしてオトコたちが性欲にかまけたシロモノを全て捨て、真に社会性を持った存在に仕上げる事。それが、この町の最終的な目標なのです」


 ようやく座が落ち着いたのを確認するや、合川は演説を始める。


 彼女は議員でも秘書でもない、この町に高二の時に母とともにやって来た普通のベテラン職員だった。それこそこの役職に就いて今までずっと、電波塔の職員をやって来た完全な富裕層である。


「皆様に必要な感情は怒りと、同時に母の心です。母として、あまりにも道を踏み外してしまった存在を助けてあげる。それが大事なのです。滅私奉公と言いますが、それこそ何度でも何度でも、どんなに拒まれても必死に訴えかけるのが重要なのです。決して諦めてはなりません。根源は怒りであってもかまいませんが、あくまでも言葉は丁寧に、そうした方が良いと言う事を丁重に教える事が重要なのです。では皆さん、テキストをお読みください」



 テキストと言う名の、ホッチキスで止められただけのA4三枚分の綴じ合わせ。そこには、例文として各場所に向けたテキストが記されている。


「しばらくは研修としてそのお手本通りに記入していただき、その上で先達の皆様からの指導を経て実戦へと言う事になります。

 そして皆様には大変残念ではありますが、この研修の成績のよろしからぬ場合は電波塔ではなくこのオフィスで仕事をしていただく事になります。本当に心苦しいのですが、電波塔を改装するにも時間がなく、それこそ草の根と言う事であらゆる場所からの説得活動にお勤しみいただかねばなりません。どうか、どうかよろしくお願いいたします」


 そしてその流れで口に出された、電波塔で働けないかもしれないと言う宣言。


「しょうがないかぁ…」

「私もここに来る前電波塔に行ったけど凄い数だったからね……認証もかなり大変だったし」

「そしてご存じの通り、今この町は最重要局面にあります。室村社の解放を目指し、町を挙げて戦っているのです。皆様の力を、どうかお貸しください!」


 中村と和伊崎の私語を、合川はとがめない。少しばかりざわついていた研修生たちをうまく黙らせてくれたからだ。

 その流れのまま、挙町一致と言う言葉が飛ぶ。


 このまま研修、そして午後に引田先生の診察を受ける。



 全ては町のために。世界のために。



 教官である合川に導かれ、女性たちは戦いへと向かう。


 —————いや、戦いへと向かえるようになるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る