破られたポスター
午後になり、わずかな休憩時間の間にコンビニ弁当とお茶を流し込み再び面接に回る。
正直な話、もっとバランスのいいものをゆっくりと時間をかけて食べたい。
数ヶ月前までは、それが出来ていた。
ここ最近になり入町希望者が増えると言う喜ばしい方向での変化はあったが、それ以前から事情は良くなくなっていた。
(ちゃんと今月のお手当てが出るのかしら……って言うかボーナスも減額とか言われてるらしいし……)
給料が出ないかもしれない、そんな心配をしなければならない。
それが現実だった。
彼女は町の財政状況に立ち入れるほど役職は高くないし権力もないが、それでも前線に立っている。そして、一応は電波塔の職員になる事を目指したエリート候補であった。
エリート候補の中から選ばれた存在が電波塔の職員にになり、彼女たちのようにやや落ちた所にいる人間が入町管理局の職員になる。それより落ちる所は、追放管理局などのいわゆる閑職。そして一番下に、道路整備や水道配管などのインフラ担当となる。
当然給料などのヒエラルキーもその通りで、自分の年収は電波塔の職員の八割程度しかない事も彼女は知っている。
そして何より、ここに入って来る人間たちの事だ。
それこそ、ほんの少しレイプされたとか口にすれば即座に電波塔の職員になれるような存在。裏取りなどされるはずもない。時間もないし、真実だとすればなおさら相手を傷つけるだけだから。
ある意味自分たちよりはるかに特権階級であり、その手の存在になってみたいと思った事は一度や二度ではない。
無論職員としては私情を挟まないようにしてはいるが、それでもどうしても素直にはいそうですかと言いにくいもまた事実だった。
「和伊崎さんですか」
「はい」
「大変お待たせ致しました、どうぞこちらへ……」
午後一発目の訪問者は、和伊崎と言う女性。
履歴書によれば、三十九歳・職業無職・前職派遣社員と言うこれと言って特徴のない一般的な移民希望者。
一応事務の資格はあるがそれだけでこの町で有利になる訳でもない。
電波塔の職員に必要なのは資格よりも精神力であり、それ以上にオトコが好むようなコンテンツの排除を求める敵愾心である。
「どうしてまたこちらに」
そして移住理由だけは、記入させずに自分で言わせる。
どうせオトコがうんたらかんたらとか言う理由になるのがわかっていると言う珍しく合理的なそれでできたシステムであり、この面接及び二十四時間の滞在中に自分の口で言うのが入町希望者の決まりとなっている。
「はい、実は前の職場をクビになりまして」
「ふむふむ」
まったくありふれた理由だ。この町を求める人間の大半はオトコだらけの職場で差別待遇を受けてとか言うそれを振りかざす。御社の企業理念に感慨を受けましてとか言うテンプレコメントと何の違いがあるのか。
早く終わらせるためにもとばかりに気のない返事をし、どうしてクビになったのかを早く言わせる。数週間前までの丁重な対応など、全く取る気にもなれなかった。
「これのせいです」
そのはずだったのに、急に眼を見開かされた。
和伊崎と言う女性が持ち込んだのは、二枚に破られた大きな紙。
正確に言えばポスター。
「これは…!」
「ポスターです」
「マイ・フレンズ」のポスターだった。
「何を持ち込んでるんですか!」
「いえ、日付を見て下さい!」
「それで」
手袋をして日付を見ると、キャンペーンの開催は一か月前になっている。動物のコスプレとしか思えない、目ばかり大きな少女の醜悪な姿を見させられたのに腹を立てながらも、職員は冷静を必死に装う。
「行きつけのファミレスに貼ってあったんです。コラボするとか言い出して」
「それで」
「こんな物を貼らないで下さいとはっきり言ったんです。そうしたらうちはチェーン店であり上からの方針に云々言える立場ではないと。店員じゃ埒があかなくて店長を呼び出しても同じ調子で」
「ええ……」
「ですから、やってやったんです。この世界のために、お店のために!」
その代わりのように、和伊崎の声が高くなる。
そして、二人して顔が明るくなる。
秘かにはがしたか、それとも堂々とやったかは知らないが、なかなかに大胆不敵ではないか。
「なるほど。それで」
「ええ。自己主張しましたよ。これは正義だと」
「なるほどなるほど……。もしやそれがきっかけで」
「全く最悪な事に、派遣先がこんなふざけたシロモノを作る会社の同業とのコラボを考えていたようで、自社の商品にまで手を出しかねないと言われて契約を切られ、そのついでにここを紹介されたんです!ここを!」
「ああ……ふざけるなって話ですよね!」
和伊崎の言葉により、二人して活力が沸いて来る。
煽情的なそれを破壊して健全な世界に戻すのはこの町の大義であるし、その事に対して一歩も引かないのもこの町の住人、それも電波塔の職員らしい。
「しかしなぜまた」
「破損したとか言って買い取らされたのです。紙にインクを乗っけただけなのに!ぼったくり同然の値段で!」
その具体的な金額を聞かされた職員は口を大きく開けてしまった。原価がとかうんぬん言う気もないが、それにしても非常識なぼったくりだ。
「損害賠償がうんたらかんたらとかって、逆にこっちが心理的打撃を受けたって請求したいぐらいですと言ったら!」
「鼻で笑われたと」
「そうです、この店に二度と来るな、来たら通報すると。しかもそこに最悪極まる事にオトコに媚を売りまくる弁護士とやらまでいて……このままでは本当に訴訟されかねないと思い泣く泣くぼったくりに応じてしまいまして…………!」
——————————引き裂いたポスターを買い取らされ、その上に職場からも追い出された。
「わかりました。電波塔の職員になれるように取り計らいましょう」
「ありがとうございます!」
なるほどと言う話であるとばかりに、和伊崎の手を取る。
自らの手で電波塔の職員をまた一人増やした入町管理局の職員の顔には、何の憂いもなかった。
本当に、楽しそうだった。
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