追い風?向かい風?
「しばらくお待ちください!」
訴訟を行うと称してから一週間後。
猶予期間として与えた一か月間のそれがまだ経過していない事もあり、裁判はまだ始まっていない。
追川たちは訴訟の前の段階の和解の条件として、この町が五年間動かせる程度の和解金を要求している。無論減額される前提ではあるが、とにかく相手に悪かったと謝らせる事が前提だ。
そうして過ちを悔いた暁には、室村社を抱え込んでやってもいいとさえ追川は思っている。
(やさいの騎士団様を作っている限りはあの会社に未来はある。ゆっくりと浄化して行けばいい。世界を女性にも男性も住み良い世界にするために、まずはあの会社の弱き存在たちを救わねばならない…………)
そこまでの決意を追川が抱いていた事など、彼女は知らない。
今は、とにかくその訴訟行為の成果にてんてこ舞いだった。
「中村さんですか」
「はい」
「入町希望と言う事ですが!」
「はい」
入町希望者が、長蛇の列を作っている。事前に予約をしていた人間だけの列を担当していたはずなのに、まだ三時間は休めそうにない。
「では確認いたしますが、外の世界の職場にて女性差別を受けたと!」
「そうです」
「給与を上げろと言っただけなのに女性だからと!」
「はい」
怒鳴り声の上に、早口になる。もたもたすればするだけ後続の人間を救えなくなる。と言うか、予約人数を全部捌いても今度は飛び込みの面子をなんとかせねばならない。無論新たなる予約もある。
「そこで反発してこちらに移住したいと!」
「そう、です…」
職員の手が止まってしまう。
つい大声を上げてしまい、中村と言う予約して来た女性をひるませてしまう。飛び込みで来た女性たちを他の管理局に移す手間と相まって、一秒でも急がねばやっていられない。
慎重に、新たなるユートピアに来る事になる存在を迎えねばならないのに。
女性たちを怖がらせてどうするのか。
大声を張り上げる事はオトコらしいとしてマナー違反・普段から慎むべき行いの一つとされており、それを為してしまう自分の浅はかさに落胆したと言う訳だ。
「すみません、疲れてしまっているようで……代わります」
あわててメールを確認していた後輩と代わり、椅子に座る。
嬉しい悲鳴と言えば体裁はいいが、それでもこちらの処理能力をオーバーフローしている。
何せ、こんなのが五日間も続いているのだ。
「あーあ、確かに代わりはいくらでもいるけどさ……その代わりがそれこそ新米も新米じゃ戦力になんかならないっての……」
口にしたことがない、と言うかしたくもなかった栄養ドリンクに口を付ける。中村と言う男だらけの職場で差別を受け給与アップも未来永劫ないと言われた存在を救おうとやる気になっていたはずなのに、慣れ切った週5勤務のはずなのに、予想外に体が動かない。
休めと言われていない訳ではないが、自分の代わりに出て来るのはこの町にやって来たばかりの新米。役所勤めの経験があればまだしも大半は一般的な勤め人か、無職と言うのも少なくない。そして何より、第二次産業の従事者が来ない。それはどうでもいいとしても、どうでも良くないのはこの町に救いを求めてくる存在たちだ。
「訴訟、かあ……」
この役職になって二年目の後輩に受付を代わらせた彼女は、止まらないメールを一件一件開く。一応対策ソフトは入れているが迷惑メールと言うか嫌がらせのそれも多く、メール精査は受付よりずっと厳しい仕事のはずだ。一応二つの仕事に上下関係はないが、メール精査役には郵送で送られてくる履歴書のチェックの役目も当てはめられていたため多忙であり、きつい仕事と言う事にされていた。無論四か所の入町管理局に振り分けられるので全部と言う訳ではないが、それでも本来ならばじっくりと時間をかけて悩みを聞いた上で対処できるはずだった。
それが今では一人五分で、休みなしでやったとしても行列を捌き切れるかわからない。今実際に並んでいるのは三十人程度であるから午前中目一杯やればできるが、実際にはこの後午後に四十人来る事になっている。
—————それが、二日連続なのだ。
と言うか三日前も予約希望者は五人だったが飛び込みを四十人捌き、おとといも予約者八人と飛び込み五十人を捌いた。普段なら、飛び込み込みで十人か多くて十五人なのにだ。
(中村さんって人も私の後輩になるんだろうな……あ、もしかして電波塔の職員になるのかな……まったく、先輩は大変よ。何人の新人を抱え込めばいいのやら……)
女性差別を受けた存在を守るため、外でオトコたちに付けられた傷を癒すため。
外の世界で大きな被害を受けた女性には優しくせねばならぬ。
口で言うのは簡単だが、そのためにVIP待遇を乱発しているのではないか。
今日予約を入れている三十+四十人のうち、何人が電波塔の職員になるのか。
それこそ、この町に生まれた子どもが小学校時代から勉強に勉強を重ねて数十倍の試験を突破してようやく入れる難関に、すんなりと入って来る存在。
それが、移民たちだった。
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