第十五章 人口爆発

一撃必殺・ロマン砲の発射

「町長……」

「お水汲んで来ます」


 室村社との交渉を自ら決裂させた追川恵美は、早足になるのをこらえながら席を立った。


 ここまでお話にならないと言う言いぐさが似合う話もないなと思いながら水道を捻り、出の悪い水をじっと眺める。

 自分の主の怒りを察した相川玲子は先ほどの会議録もどきを眺め、社長とか専務とか言うエロジジイたちとその手先の言い草を確認する。嘔吐しそうになるのを必死にこらえ文字を追う相川の横に置かれる、水。


「これは町長が」

「いいのです。耳に入り込まされるより目で味わわされる方が大変なのですから」


 相川は町長が置いた包みの封を開け、喉に流し込む。そして水の力をもって包みの中身を嚥下し、深々とため息を吐く。

 胃薬と名前の書かれた包みはそのため息で宙を舞い、輝きのない床に落ちる。追川は包みを拾い、ゴミ箱に改めて入れる。

「このゴミ箱はいつから」

「十日ほど前からですね」

 いっぱいになりかけたゴミ箱を見る追川の目線は、室村社の人間のそれを見るよりゼロ四つ以上温かかった。


「誠々党にもこの事実を改めて伝えましょう。もちろん尾田党首も了解はしていると思うのですが」

「ええ。私たちは戦わねば生き残れないと言う事が改めてわかりました。あ、尾田党首も憤懣やるかたないとの事です」


 交渉担当は追川恵美であったが、経過の方は尾田兼子率いる誠心誠意党にも伝わっている。


 当然の如く、兼子も憤っていた。







 自分はここまで真摯に対応したはずなのに。


 拒絶ではない。拒否でもない。

 



 鼻で笑っただけ。


 一応ノーと言う回答を下して来たと言えなくはないが、そんな性質のいいそれだと取れるような人間などここにはいない。


「私たちはやはり、寛容すぎたのかもしれません」

「あれで世間的に見れば成功者であり責任者なのですからね、推して知るべしとはまさにこの事でしょう」


 あの連中の言い草を平たく言えば「言う事を聞いてほしければ金寄越せ」であり、さらに言えば「お前の言う事なんか聞く気ねーよバーカ」である。

 いや、よりはっきり言えば、ゼロ回答である。


「とにかく、攻撃をかけ続けますか」

「仕方がありませんね。町長がおっしゃっていたように、彼らはもはや病膏肓に入ってしまっています。苦しまぬように殺すのも慈悲と言う物でしょう」

「その慈悲をかける価値があると?」

「言ってみただけです」


 相川は鼻を鳴らしながら目を輝かす。自分たちからして見れば最大限に配慮し、歩むべき道を提示したはずなのにこの有様。救う価値があるとさえ思えない。

 こんな存在が外の世界にはあふれ返っているのかと思うと、本当にこの世界は地獄絵図に思えて来る。


「ああそれと、連中は事態を矮小化する事に腐心していると思います。いかに私たちがやっている事が無駄であるかアピールし、私たちの手を鈍らせるつもりだと」

「ですね。今回ばかりは放ってもおけません。私たちが本気である事を喧伝せねばならないでしょう」

「引田先生の診断書は十分に集まっています」

「勝つ見込みはあります、老川先生も我々を含む被害者たちをかき集めれば史上最大級の集団訴訟として外の世界の連中も目をむくと」

「いい薬です」


 被告人は多ければ多いほど多い。それこそこの町の住人全てを原告としての集団訴訟にすれば、それこそ古今東西、空前絶後、前代未聞の一大事である。

 無論勝敗は大事だが、動く事を示すだけでも十分。と言うか敗訴になったとしても、それはそれで外の世界が根元から腐敗している事を示せるからさほど悪くもない。




「ノアの箱舟に逃げ込んだ生き物たちは、生き物がいなくなった世界に戻り繁栄したのでしょう。しかし現実のノアの箱舟は、着地する場所を失ってさまようばかりです。神に選ばれたはずの存在が暮らす、神により浄化された大地はどこにもない。

 第一の女性だけの町が所詮プロトタイプでしかなく、そして失敗作だったと言う事が改めてわかりますね」


 第一の女性だけの町が出来てから、もう半世紀近くになる。

 その半世紀の間、大地は浄化されるどころか荒れる一方。放縦を極めたオトコたちに反省を促すために作られたのだとしたら、それはもう大失敗も大失敗ではないか。


「ねえ、あなたは考えた事がある?」

「何をですか」

「この戦いが終わった先の世界を」

「さあ…」

「私はもう、六十五。おそらく来るべき世界には間に合わない。一罰百戒とか簡単に言いますが、この訴訟は蟻の一穴にすぎません。欲情に駆られた連中がすぐさま埋めにかかるからです」

「そんな弱気な!」

「無論敗北するなどとは思っていません。ですがとにかく、女性たちが感情によりはっきりと穴を空けたと言う事実が必要なのです」



 第一の女性だけの町のやり方は、あまりにも消極的過ぎた。


 だからオトコたちは調子に乗る事をやめず、むしろますます増長した。


「時間がかかり過ぎたと思いますか?」

「いえ。皆様の苦労あってこそ、ようやく下地は出来上がったと思っています」

「それまでも幾たびも幾たびも、訴訟と言う名の諫言をして来たはずでしたのに……」



 実はここまで大きな訴訟は、一度もない。

 何度も細かい訴訟を行い賠償や謝罪を求めた事はあるが原告はほとんど追川恵美他せいぜい数名で、四ケタはおろか三ケタの訴訟人をもってしての集団訴訟は町議会議員全員の二〇〇人によるそれが最多だった。

 


「いずれにせよ、もう誰も放置できないようにせねばなりませぬ」

「外の世界に向けて訴訟を行うと大々的に伝えなさい。室村社を、真に清らかなる存在にするための義挙を行うと」




 もはや、後戻りなどできないしする気もない。

 いや、負けたら負けたでそれでいいからある種のただもらい、当然の一手。




 その心持ちの下、集団訴訟を実行すると言う声明が第二の女性だけの町から外の世界へと放たれる事となったのである。




(これで万が一本気を感じひざを折るならそれでよし。まあ期待などしておりませんが……)


 それでも自分があきらめていないと知ったら、皆どう考えるか。


 それを想像するだけで、追川恵美は悦楽に浸れた。

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