「病膏肓に入る」
「キミ……」
「専務は相変わらずお優しいのですね。それとも愛したはずの妻がテロリストになってしまった負い目がまだあるのですか」
「ちょっと」
「専務がおっしゃったように、彼女たちは余りにも傲慢なカルト宗教の教祖。それだけです。ああ、第一の女性だけの町もある意味宗教都市と言えるかもしれません。巷では企業城下町とか言われていますがね、ああもちろん善悪の問題ではありません」
まったく遠慮のない。文字通りバッサリとしか言いようのない言葉。馬崎が最初の方こそビジネスマナーを守っていたと言うのに、まるで容赦がない。
「何の弱みがあって」
「ほらまたそれです。もう一度うかがいますが、自分たちの気に入らない存在に味方する女性は、オトコに支配されていると言うのですか」
「はい」
「何のためらいもないその二文字だけで十分です。専務、社長、ご面倒をおかけしてしまい申し訳ございませんでした」
追川の「はい」と言う二文字には、全くためらいがない。
それこそこれを言うためにここまで話を進めて来たのだと言わんばかりの、超高速の一撃。
もちろんどんなに高速であろうとも当たらなければどうと言う事はなく、攻撃対象の失笑を誘っただけだった。
「さて、話を私に戻して構いませんか」
「他にいないのですか」
「あらかじめ担当として重職者をと要請したのはそちらです。ですから社長と専務であるこの私がこうして対応しているのです。残念ながら、これでも私は弊社のナンバー2です。そして頂点である社長もここにいるのです」
「社長さん、専務さんの行いについて何かないのですか」
「私としては馬崎真一専務の言葉を否定する気はありません。
追川恵美町長さんですか、あなたはもう少し余裕を持った方がいい。そうやって何もかもに噛み付いていては、あなたは疲れ果てて壊れてしまう。それはあなた自身はおろか、町の人たちのためにもなりません」
「ずいぶんとお優しい所を見せたくてしょうがないようですが、ならば私の要求を呑んでいただけますか」
「なれば十個のプロジェクトを停止する代わりの資金を用意できますか?」
社長が口にした金額は、第二の女性だけの町の年間予算の二十年分に相当する額だった。それこそ絶対拒否とでも言うべきそれであり、本気でやるならばそれぐらいやってみろと言う宣戦布告だった。
「それならば五百年かけて払います」
「即全額払いでなければ交渉は進まないとお考えください」
「逆に言えばそれだけの資金があればいいと言う事なのですね」
もっとも、追川はちっともへこたれない。調所広郷のような乱暴な理屈を振りかざし、あしらわれてなお突っかかって来る。
「言っておきますが、私がここで倒れたとしても山とあなた方の性欲と戦う人間はいます。真の女性の解放を目指す同志たちの集まり、それこそが私たちの町です」
「性欲を失えば人間は、と言うか生物は滅びます。満腹中枢を切除された猫が餓死したように」
「誰もゼロにしろとは言っておりません。健全な過程を踏み健全に発露させる事が理性的な生物である人間の役割と言う物のはずです。性欲に溺れるのではそれこそ猿以下です」
「それはすなわち、私たちの商品をたしなむ人間は猿以下であると」
「そうです。人間の世界が性欲に駆られた猿たちに支配されていると感じたからこそ私たちは逃げたのです。こちらをご覧ください」
追川が差し出した二枚の絵。
一枚は写実的な、動物の絵。
もう一枚は、生態をあからさまに反映したそれ。
タイトルは、「マイ・フレンズ、カバ」。
「もしかしてこれを使えと」
「話が早いですね」
「「「あなた方の町にギャグを語れる人間がいるとは存じ上げませんでしたよ」」」
なるべく性的欲求を掻き立てないようなデザインとして作ったのであろうそれ、追川からしてみれば渾身の一撃だったそれに対しての社長と馬崎、そして秘書の反応は一言一句同じ言葉であり、同一のタイミングであり、その表情さえも同一だった。
「これがギャグに聞こえるのですか?ああ失礼、見えるのですか?」
「見えます」
「だとしたらあなた方こそずいぶんと冗談がお好きなようですね」
「先に仕掛けたのはそちらではありませんか」
「これが売れるとでも思っているのですか?」
「売れます。あなた方は男性器のご機嫌なぞ取らずとも」
「ならばご自分で売り出せばよろしいだけ。女性だけの町産のゲーム、いや漫画やアニメとして外の世界へ売り込んだらどうですか?
室村社の乗っ取りとか言う大それた真似はおやめください。ああ株式の買収とか言う判断には至らぬようにお願い致します」
結局の所、それだと言うのが馬崎の本音だった。
もしどうしても自分たちのそれを駆逐したいのならば、堂々と自分たちと戦って勝てばいい。
それもしないで今相手がやっているそれを排除して自分好みのそれに塗り替えようとする行為を、有り体に言って何と言うか。
室村社は当然株式会社であるが、最初に第二の女性だけの町からの妨害工作を受けた際にその株を第二の女性だけの町の住民に譲渡・売買する事は社則で即刻解雇レベルのそれにされており、そんな危険を冒してまで株を売るような人間はいない。と言うか株の八割以上は社長や専務と言った重職者や創業者一族に占められており、よそ様がとても口を出せる状況ではない。
ましてや、第二の女性だけの町から出て来られないような追川恵美たちなど—————
「病膏肓に入っていると言う事だけはわかりました。ありがとうございます」
—————交渉は、終わった。
唐突に、終わった。
一方的に、終わった。
パソコンの画面に追川恵美の顔はなく、ただ真っ黒なモニタが映るばかりだった。
「専務……社長……」
「予想はしていた。思ったよりほんの少し理性的だっただけだ」
「専務は最後、そんなにおかしな事を申し上げましたかね?」
「たぶん言ってないはずだ。しかしこれで、彼女たちはどう動くかね」
「気にするに値すると思うか」
「まあ、そうですね」
馬崎真一からしてみれば、ようやく面倒ごとが終わったと言うだけの話だった。
少なくともはっきり拒絶の意思を示す事ができ、最後には病膏肓に入っているとか言う素晴らしいお言葉まで頂戴できた。
—————それこそはっきりとした、敵味方宣言を。
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