カルト宗教
「やさいの騎士団様」は、それほどヒットしていたコンテンツではなかった。
野菜や果物を擬人化させた人物たちが中世ヨーロッパの世界で騎士団を組み魔物を討つと言う、ある意味正統派とでも言うべきそれ。
魔物の名前はカタグイ(偏食)、ニョコニョケン(好き嫌い)、フクチミー(不味い)となっている。
正直、各地の幼稚園や小学校に向けた、子ども向けコンテンツだった。
だがデザイナーにその時手空きだった「アイドルコレクター」や「マイ・フレンズ」などのデザイナーを駆り出しまくった結果それらのファンが目を付けてしまい、また子どもの母親がイケメン化した野菜たちを食育にもなるしと受け入れ出した。
そして表向きには後者の、裏向きには前者の層によりコンテンツは拡大した。
だがその結果子ども向けか成人向けか中途半端なそれになってしまい、ソシャゲは二年でサービス終了して赤字を産んでしまい、現在では細々と小学校や幼稚園で生き延びているだけであり第二の女性だけの町の需要を除けばほとんど版権管理をされるだけの、文字通りオワコンだった。
「マイ・フレンズもやさいの騎士団様も、等しく我が社の大事なコンテンツです。それを○○は良くて××は良くないと言い出すなど、それこそ表現の自由に対する侵害と言う物ではありませんか」
「やさいの騎士団様に煽情的なコンテンツがないからです」
「やさいの騎士団様とて、様々なタイプの美青年を野菜の特徴を取り入れつつデザインしました。古今東西、美女と同じぐらい美青年は性的欲求を掻き立てる存在だと相場は決まっています。実際、ソシャゲを開始した際には相当な額の課金が行われ少なからぬ利益をもたらしました。私たちが作った、キャラのために」
擬人化はイコール美少女化ではない。
イケメン化と言うか美青年化もある。
やさいの騎士団様はまさしくその方向であり、実際に似た方向のそれは少なくない。美少女化がダメで美青年化がいいと言うのではそれこそ男女差別であり、女性だけの町の存在意義、と言うか鼎の軽重が問われる話である。
「まさかとは思いますが、男性がやさいの騎士団様は性的欲求を掻き立てるからやめろと言う発言をしたらそれを鼻で笑ったりしないでしょうね」
「そこまで私たちが偏狭だと思われているのですか」
「そうではありません。むしろ傲慢だと思われているのです」
「傲慢…!」
ここに来て、ずっと目を細めていた追川の眉が吊り上がった。
(やはり、彼女らは自分を誰よりも謙虚だと思っていたのだろうな……)
馬崎からしてみれば、言葉に遠慮がなかったのは認めざるを得ない。だが実際問題、彼女たちのやり方はあまりにも傲慢としか言えなかった。
「自分たちの言う通りにしろ。さすれば一時的に、いや永遠に貧窮の中に落ちぶれても世界は必ずやあなた方を助ける。英雄として褒め称えられる。同様の経緯をたどる存在を私は一つ知っています」
「何だって言うんですか」
「宗教です。無論真っ当なそれであれば話は別ですがそれこそ数千人単位の従業員がいる会社を潰して私財を差し出せと言うなど、はっきり言ってカルト宗教のそれです」
「カルト宗教?」
「はい、カルト宗教です」
私有財産を含む全ての逃げ道を奪った上で、信仰を叩き込み従順なる信者に仕立て上げる。それこそカルト宗教の手口であり、今彼女たちがやっている事は自分たちを思想に引きずり込もうとしているそれとどう違うのだろうか。
ましてや、室村社と言う大企業を味方に付ければ名前も挙げられると言う宗教にしてはあまりにも俗な欲望まで兼ね備えている。国家をも飛び越えそうなほどの規模の企業を複数支配すればそれこそ、世界征服さえも出来かねない。
と言うか、現代においてもっとも有効な世界征服の方法は、まさにそれだろう。
「誠に残念ながら、当社に宗教的な哲学はありません。あくまでも皆さんを楽しませる事が最優先なのです」
「相手を変えて下さい」
「は?」
「だから私の話し相手を変えて下さい」
「社長に聞いても答えは変わりませんが」
「ですからあなたが酷使している女性です」
「意味がわかりませんが」
「ですから、この部屋にいるたった一人の女性にです」
そんなカルト教団の言う事なんか聞くもんかと言ってやると、追川は矛先を変えた。
だだっ広い会議室の中の、たった三名の人間の中の唯一の女性。
馬崎の後ろにいた、社長秘書の女性。
「私も、おっしゃっている意味がわかりませんが」
「そんな事はありません。あなたは私たちと同じ女性として、内心では不満を抱いているのでしょう」
「どんな不満があると言うのです」
「必死に仕事をしているのに、女性だからと出世できない」
「まだ勤続七年目なのにこんな立場をもらってさらに上と言うのは欲張りすぎです」
「それは冗談です。話は変わりますがこの会社が第一志望だったのですか」
「いえ、第二志望でした。第一志望の貿易会社は書類選考で落ちてしまったのです。
言っておきますがちっとも悔しくありませんから。超能力者気取りはおやめください」
貿易会社に弾かれて室村社に入ったと言う言葉に浮かれ上がろうとした追川の頭を、秘書はすぐに叩く。
「まあ何を申し述べたとしても私を酷使されている被害者、と言うか自分の同族だと信じ込んでいる人間には無駄なのかもしれませんがね。私はただの凡人ですから超能力者とは分かり合えません。
まさか、水着を着るなどして肌を露出している女性は全て男に強いられてイヤイヤやっていると思っているのですか?」
「違うのですか?」
「それが全てなのですね、わかりました。では専務に変わります」
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