「やさいの騎士団様」

「おっしゃっている意味がわかりませんが」



 自分たちを提訴すると言う馬崎の言葉に、追川は口を大きく開けた。



 同じ言語のはずなのにまるで別世界のそれのように聞こえたのだろうか、それとも本当の本当に想像しえなかった事態なのか。


「ですから、あなた方のせいで我々を含め数多の企業が打撃を受けて来た。これ以上乱暴な真似をするのならばこちらとて告訴を辞さぬと申し上げているのです」

「乱暴?乱暴ですか?」

「ええ乱暴です。自分の意思を通すためにこちらの言葉を無視するなど、乱暴でなくて何だと言うんですか」

「正義の行いです」


 それでもすぐ追川は真顔に戻り、正義と言う単語を口にする。


「人間と言うのは元来より理性に満ちた生き物のはずです。にもかかわらず古来よりその理性を壊し続け、戦争や犯罪を起こして来ました。あと何億人死ねば人間は戦争をやめられるのですか?

 そして古来よりずっと、オトコは女を支配して来た。圧倒的な腕力により、やはり何億の女がオトコの前に泣いたと思っているのですか?

 もういい加減、この辺で終わりにすべきです。私たちは、男に真の理性を、女に永遠の安寧をもたらすのが役目だと思っています。なればこそ、女性だけの町を作り男たちにその気になればいつでも離れる事が出来ると示して見せたのです。放っておけば世界中にこんな町はいくつでもいくつでも出来上がります。やがて、世界中の女性は女性だけの町の住民となります。そんな状況で男はどうやって繁殖するのですか?どうやって支配すべき女を見つけるのですか?また暴威を振るうんですか?それこそ、文字通りの原始時代ではありませんか。

 ですから、今しかないのです。男は女を脅かす過剰な性欲の発露をやめ、真実の女性を受け入れる事。女性が安心して暮らせる社会を自分たちに手で作り上げねば、やがて女性は女性だけで世界を完結させてしまう事が出来るようになる。そうなれば人類は女だけになってしまいます。それすなわち、人類滅亡でしかありません。皆様の判断一つで、人類の運命さえも左右できるのです。これは世界中の女性のためであり、この世界を救うための英断となるのです。英雄になりたくないのですか?まさか世を救う英雄になるより、性的欲求を優先するのですか?そして世界中から後ろ指を指され続ける生涯を送る気ですか?」




 そして、また大演説を垂れ流す。



 

 歴史、戦争、安寧、人類の運命。




 まあ何と言う大仰な言葉だろう。


 たかが数作のゲームやアニメに、そんなほどの影響力があるのだろうか。




 ……いや、あるのだろう。




 第二の女性だけの町のみならず、第一の女性だけの町さえもそれらのに怒り狂い抗議し、その抗議行動の失敗に端を発したのが第一の女性だけの町を女性自らの手で作るきっかけになったと言われている。

 現在では「マイ・フレンズ」などの同人誌を秘かに輸入し、いわゆるアングラ施設に卸してストレス解消の材料にしているとか、エロ本と同レベルの扱いをしているとか言う話まである。そしてその大半は吸い取るだけ吸い取ったら焼却炉に投下されているとか言う。いや、同人誌どころか室村社が発行している公式のファンブックでさえも同じように扱われているとか言う話まである。




 —————第一の女性だけの町でさえ、そうなのだ。




「世界を救う、ですか。まさか我々が核兵器を売り捌くような死の商人にでも見えるのですか」

「死の商人ですか。なるほど素晴らしい言葉ですね」

「そちらの町で包丁は売っておいでですか」

「当たり前です」

「包丁でも人は殺せます」


 今さらではあるが、馬崎だって第二の女性だけの町のやり方にかなり腹を立てていた。


 一方的極まる言いぐさで会社の存在意義そのものを奪おうとし、いや実際営業妨害を行い会社の名誉を棄損する。そのくせその行いを相手のためであると信じて疑わず、抵抗しようとすればそれ以上の力で反発する。と言うか、反発される事自体が想定の範囲外であり、自分たちのやっている事を受け入れない事自体がおかしいと思っている。


 しかも、それで失う物の重さと得られる物の重さを、全然わかっていない。


「武士は食わねど高楊枝と言いますが、高楊枝をくわえた所で腹は膨れません。我が社には、あなたが煽情的ゆえに廃絶すべきだと言った代物により腹を膨らませている人間が山と居るのです。彼ら彼女らに今と同じだけ、いやそれ以上の境遇を保証できるのですか」

「腹膨れているのはこちらも同じです。もし外の世界がかように汚れていなければ、女性だけの町とか言う代物を作らずに済んだのです。それこそ篤志家の皆様に支えられ、こうしてようやく安寧の地を得たと言うのに。なお脅かすつもりですか」

「目に入れなければいいだけの事です」

「いえ、外の世界であなた方のそれに苦しめられている同志を残しているかと思うと自分たちがいかにぜいたくで恵まれているか痛感せざるを得なくなります。その度に私たち住民の胸は締め付けられ、先にお見せしたように自死を選ぶ人間さえ出て来てしまうのです。すなわち、存在している事自体が脅威なのです。先ほどからそう説明しているのですが、なぜおわかりいただけないのです?」

「ではなぜ、あなた方はやさいの騎士団様を廃せよと言わないのです?」




「やさいの騎士団様」。




 それも、室村社のコンテンツだった。

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