室村社の反撃
長々とした演説を聞かされた馬崎真一は、もうかなり疲れていた。
実際は三分程度だが、気持ちとしては三十分以上だった。
自分の言いたい事だけを垂れ流し、こちらの言い分など聞く気はない。その気になればそれこそリアルに三十分どころか永遠にしゃべり続け、気力を削いで来るかもしれない。もしそれで弱った所にイエスと言わせるのだとしたら、実直どころか相当に悪辣ではないか。
しかも、まったくの無自覚。
どこまでも自分が正しく、教えてやっている、導いてやっていると言う認識から外れる事がない。
早く悔い改めよと言わんばかりだ。
—————そう幾度目かの認識をした馬崎は、無言で水を口に含むとやり切ったと言わんばかりの顔をしていた追川恵美に向けて口を開く。
「あなた方の言いたい事はわかりました。しかしあなた方の要求を呑むと弊社はそれこそ社の利益の六割以上を失う事になります。そうなれば人員を大きく削減せざるを得ず、社員たちの生活を大きく揺るがす事となります。その責任が取れるのですか?」
そして、まったくごもっともな理屈で返す。室村社と言うのはそういう産業に携わって現在の繁栄を得た会社であり、それらをやめろと言うのは死んでしまえと言うのと同義語である。もちろん、代わりの稼ぎ頭をすぐ生み出す事などできるはずもない。
「あなた方のような大企業がそれを為せば、外の世界の皆はそれが正しい事であると判断します。そうなれば自然と社会は浄化され、女性は安心して暮らせる世界が帰って来るのです」
「根拠は何ですか」
「もう一度述べさせていただきますが、あなた方の商品とやらはあまりにも煽情的過ぎるのです。性欲を無意味に増幅し、風紀を乱し、現実の女性へのよろしからぬ欲望を増大させます。
かような製品がまかり通る事は女性は無論男性のためにさえならず、早急に破棄せねばなりません」
「破棄するか否か決めるのは所有者である我々です。あなた方にそんな権利はありません」
追川と馬崎の議論の結論は、お互いの最後の一文で事足りる。
要するに追川はすぐに捨ててしまえ、馬崎はそれを決めるのは自分たちだ、と言うだけの話だ。
「仮に我々があなた方の言う事を聞いたとして、一体どんな利益があるのですか?社内ではあなた方が大水社の手先とか言う心無い声が上がっているのですが」
「意味不明な勘繰りですね」
「平たく言えば、弊社の製品が消えればそこに大水社のそれが入り込んで来ると言うだけの話です。大水社に対して何もしていないのですか」
「…………………………………」
馬崎はそれほど血の気の多い人間でもない。
だがそれでも飾り切った言葉で会社の利益を奪おうとする人間、と言うか詐欺師に対しては腹を立てられる程度には愛社精神もあったし気も立っていた。
室村社が切り開いたのかどうかわからないが、その市場は今や社員四ケタの大企業を数社成り立たせる程度には膨れ上がっている。そんな市場を手放す理由など、一体どこにあると言うのか。
室村社が手放したとして、大水社を始めとする競合他社がその市場を埋めに来るだけ。それでは第二の女性だけの町にとってすら無意味ではないか。
「無論大水社にも欲望にしがみつくようなやり方を取らないでいただきたいと請願しております。しかし反応はまるで薄くこのような場を設けられる事すらありません。こうして室村社様が我々との真剣な対話の場を設けていただいた事には大変感謝しているのです」
「錯覚をしないで下さい。我々は賠償請求をしたいぐらいなのですから」
そして、馬崎は反撃に乗り出した。
社長も一向に止める事はなく、むしろ頑張れと言わんばかりに右手の親指を上げている。
「二度にわたるホームページ改ざん、及び幾十度かに渡る我が社のサーバーダウンを企むサイバー攻撃。それがいずれもあなた方の行いである事は既に証拠が上がっています。今まで我々があなた方を提訴しなかったのは、この場であなた方が謝罪してくれると思っていたからです」
そのまま、一気に責め立てる。
サイバー攻撃の時効は三年とされているが、二度目のホームページ改ざん事件は一年半前であり提訴するには十分だった。
攻めれば攻められる、当然の話だ。
第二の女性だけの町の攻撃の対象は、室村社だけではない。
大水社のみならず、とにかく敵だと判断した存在にすぐ噛み付いてはホームページ改ざんやサイバー攻撃、ネット掲示板での批判や口コミサイトの最低評価の書き込みなど、悪質な営業妨害を行いまくっていた。
規模の大小を問わず、少しでも「煽情的」「女性差別的」と判断した存在に噛み付き、謝罪を要求する。
それが、第二の女性だけの町のやり方だった。
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