「女性たちへの侮辱」
その日の午後。
馬崎はたった一人の上司と秘書、それから顧問弁護士たちと共にパソコンと向かい合っていた。
「来ないのですね」
「奴さんたちの町からここまで車だけで六時間、電車を乗り継いでも五時間以上かかる。朝七時に出ても午後一時だ」
「便利かもしれませんけどね」
「便利は新たなる不便を産む、か……」
リモート会議、在宅ワーク。世の中は確実に便利になっている。
だがそれは、遠い世界からでも好き放題に文句を言えると言う意味である。
このバカとか言う、人を傷つけるための言葉を打ち込んで送るのに何分必要だろうか。コピペでもすれば一分間に何十回でも、下手すれば百回でも言える。
もちろんそういうのは荒らしと言うが、それが愉快犯でないとなると話は厄介になって来る。
室村社のマザーコンピューターは、かなり大きい。無論大企業らしくデータの量が半端でないからだが、それと同時に防衛のためでもあった。
この会社の最大のライバルは、同業他社ではない。
文字通りの、サイバー攻撃。
産業スパイとか言う代物ではなく、サーバーダウンをもくろみ仕事を阻害させようとする侵略行為ですらない破壊工作。
そのために出た損害は現在の馬崎の年収の二十年分であり、サーバー乗っ取りによるホームページ改ざんも二度あった。
「世界の子どもたちのために温かい夢を届ける室村社」
とか言う地元の民芸品を売るようなそれが出て来た時には大勢のネット住民たちをびくつかせ、特定班とか言う暇人軍団により犯人が室村社のホワイトハッカーたちより先に特定された。
「時間には正確なようですね」
—————そう、これから「リモート会議」ならぬ「リモート交渉」を行う、町の住民たち。
「ようこそお越しいただきありがとうございました。追川恵美町長さん」
「室村社の幹部である馬崎真一さんですね」
追川恵美町長自ら、出て来た。
これもまた、珍しい事ではない。
「繫文縟礼は好みません。端的に言わせていただきます」
「どうぞ」
「現在、貴社で製作している「マイ・フレンズ」「カントリーガールズ」「アイドルコレクター」他十種類のゲームの販売即刻停止、さもなくばデザインの大幅変更を要求します」
そしてこの要求も、わかっていた。
「理由をお答えください」
「端的に申し上げれば、これらの煽情的なコンテンツは子どもたちの健全なる育成に大変不適格であり、大企業と言う名の影響力を持つ存在としてふさわしからぬそれであると考えての事です。
誰もが楽しめる、誰もが受け入れられるそれを作る事が、大企業の責任と言う物です」
「不適格であると言う理由を述べて下さい」
「不適格だからです」
彼女たちの要求は、徹頭徹尾変わらない。
不謹慎、煽情的、目の毒。
それこそ売れるためにキャラデザイン担当を含むスタッフ一同が丹精を込めて作った存在に対し全然違う方向から攻撃して来る。
以前見た事があるデザイン、キャラ設定とセリフが嚙み合っていない、能力が弱すぎる(または強すぎる)、(それがテーマの作品なら)ダンスや歌がヘタクソ。
無論値段が高すぎると言うのもある。
それらの意見ならばいくらでも聞くつもりだが、彼女らのそれは全然方向が違う。
「これらの存在は健全なる育成に対し有害であり、性的な方向にのみ偏重した成長を促すそれであり人間として平衡を欠いた存在を多数産み出す事となります。なればこそ私たち女性は女性だけの町を作り、一向にこの手の金満主義、いやそれよりもっと悪質な性欲主義から逃避したのです。にもかかわらずほどなくして三十年になるにも拘わらず一向に反省の意思がなく、むしろ尚更進行している様子。町内にはもはや外の世界は末期症状であると言う悲観論も存在し、自殺者まで出ています。
そうです、人が死んでいるのです。
これ以上の放置はもはや殺戮行為と大差がない、いやジェノサイドその物です。我々の窮状を心得ているのであれば、為すべきが何であるかわかるはずです。皆様が賢明な判断をする事を願い、こうして交渉と言う形を取っているのです」
交渉の要求と言うより、もはや演説。
しかも、やけに上から目線。
「ご覧ください。この彼女の写真を」
第二の女性だけの町の中で撮られたらしい、一枚の写真。
「彼女は外山と言う、志高き住民でした。しかし彼女には外の世界に出て行ってしまった友人がおり、その友人があなた方が作り上げたマイ・フレンズを好んでいると聞いて激高、そしてその友人をいさめるために自ら毒を飲みこの世を去ったのです。
わかりましたか?そんな物がなければ、いやあったとしても煽情的なデザインでなければ人が死ぬ事はなかったし友情が壊れる事もなかった。これだけでも、存在がいかに世の害毒と言ってふさわしいかおわかりいただけるでしょうか。
もし彼女の霊を守りたいのであれば、贖罪の意味を込めて何を為すべきか、わからない訳でもありますまい。これでも私は、皆様には期待をしているのです。世のため人のために何をすべきか、理解できると」
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