「第二の女性の町」
正道党事件の後、議会が本来の姿を取り戻すのにそれほど時間はかからなかった。
政権与党の民権党と野党の女性党による、平和な議会がそこにあった。
もっとも、支障が何もない訳でもない。一部の書類や観葉植物、筆記用具などは失われ、机なども傷ついていたり足跡が付いたりしている。
そして、空席も二つだけだが存在していた。
「では開始いたします」
水谷町長はそんな中でも、テロリストたちに見せたように毅然と背伸びをする。
女性党の対立候補であった桜井もまた、負けじと背筋を伸ばす。
落選した町長選の候補など、議員ではない。
彼女は今、負傷して休養している議員の代理としてここにいるだけだった。それでもそんな事に目くじらを立てるような人間など、一人もいない。もちろん正式に代理として認められているからではあるが、そんな事を咎めるような時間がもったいないと言うのが議員たちの意見だった。
「まず誠心治安管理社本社ビル襲撃事件を始めとしたいわゆる正道党事件ですが、その事件を第四次大戦として呼称する事を提案いたします」
「第四次大戦ですか」
「ええ。これまでの裁判で被告人たちの非道な行いと、それ以上に彼女たちの政道の行きつく先が関知される事となりました。事件から既にそれなりの時間が経っておりますが、未だにこうして議会に出られない人やテーブルなどの交換が済んでいない状態であり傷跡はとても浅い物ではありません」
半ばわざとではあるが、テロリストたちが傷付けた机や椅子などは今でも平然と使われている。事件の記憶を残す生き証人であり、残さねばならない存在だからだ。あるいは新しい物を用意して博物館の展示品にと言う声もあったが、現在の所劣勢である。
「無論犯罪をゼロとするのは理想ではありますが、それがまだ夢に過ぎない事をこの机は象徴しています。それこそ女性が、男性より優れていると言う訳ではない証でもあります。
無論、一〇〇より九九の方がましなのは確かです。ですが気に食わない存在にとっては一万の中に九九九九の純白があろうとも、一個の灰色が重要なのです」
「はい」
「もちろんクローン肉及び魚についての研究には費用を惜しみません。ですが人間はまだその領域に達していないのも事実であり、不謹慎ながらクローン肉製のトンカツと来たらは二日間食事を摂っていない人間向けの味です」
水谷がジョークにもならないジョークを飛ばすと、苦笑交じりの拍手が起こった。
実際オスの種牛・種豚を介さないクローン肉は栄養一点張りの味は最低クラスのそれか逆に味ばかり普通レベルで栄養はカロリー一点張りの代物かのどちらかか、どっちも低レベルかの地獄の三択クイズでしかなく、しかもその全てが値段が普通の肉より高いと言う四重苦だ。
よってそんな物を食べるのはよほど意識高い系の人間か研究者たちであり、植物のようにうまく行かない事を怨みながら食べているとも言われている。一応産業の一つとして輸出品にはなっているが、赤字貿易である事は明白だった。そんな所に金を使うのは無駄だとか言う内外問わずの指摘もあり、さらにJF党や正道党が積極的だったからと言う方向での反発もあった。
「ではとりあえず、その分野の研究についての予算については」
「我が党としては現状維持を予定しています」
「異議あり」
女性党から挙手が行われる。
「女性党議員」
「正道党事件、いや第四次大戦の損害は決して小さくはありません。この町議会はほぼ大丈夫としても、侵入を許してしまった誠心治安管理社本社ビルの打撃及び多数の建造物・被害者等への補償はかなりの予算を必要とし、それこそ本来の町の予算の一割を超える額が必要となります。前年通りの額は難しいのではないでしょうか」
当然とも言える提案であり、その件について議論が交わされる。
やがてあの部分は削ってもいい、この部分は減らすな、道路整備費用はむしろ増やせだの両党の議員が用意していたデータを次々に出す。一応民権党は現状維持派・女性党は拡大派となっている以上それにふさわしい政策と言うか予算配分が行われる流れになる。
基本的に政権与党である民権党の意見が通るが、第四次大戦と言うとんでもない肩書を与えられた騒乱の後だけに対立基調は弱く、議論は声ばかり大きくて口調は和やかだった。
そして意外とスムーズに進み、あと数日もすれば新年度予算がまとまるとか言う流れになっている。
外の世界にもめったにないほどの流れであり、この町の優秀さを示すには十分すぎた。無論さらに細かい詰め合いや具体的な金額などはまだこれからだが、議論一日目としては十分だと誰もが思っていた。
「続いてですが」
だが、その穏やかな時間は、集会から五時間ほどで終わった。
「「第二の女性の町」の事です」
一時昼食休憩を経てある程度予算会議に型が付いた所で出された、「第二の女性の町」の名前。
それこそ、第四次大戦以上の大問題だった。
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