住民選定の基準

「はいもしもし」

「すみません、移住をしたいのですが……」


 あれほどのテロ事件が起きたにもかかわらず、移住者は増えこそしないにせよ減りもしない。

 それこそ一定の数字を保ち続け、自然増と並んで確実に町の人口を増やしている。


 管制塔本部に勤める下田は、その電話を受けるのが仕事だ。 


 移住者の性別(もちろん女性)、家族構成、移住目的、話せる限りでいいので経緯などなど。


 許可が出たらとりあえず隣接した仮宿に数日滞在し、その上で居住先を決めさらに職業を紹介する。履歴書も必要であり、履歴書がない場合は口約束扱いされてあまり重視されない。

 もっとも夫や彼氏、親からのDVなどならばある程度重視されるが、冤罪の場合は待遇を落とされたり最悪入町拒否される事もある。その手の人種は、この町に住む女性たちにとっても最も厄介な存在だったからだ。


「目的は」

「男性との付き合いに疲れてしまったのです。女性同士とてそんなに簡単ではないのはわかっていますけど、それでもそこに行けば少しは気分が変わるかもしれないと思いまして」

「わかりました。それで他にどなたか」

「いません、私一人です。ああ年齢は三十五歳、事務職一筋です」

「ありがとうございます。では履歴書をお送りくださいませ。もちろんデータでも構いませんので」


 とりあえず受け付けてはみるが、それでもすんなり入町できるわけでもない。

 それこそプロフィールなどに騙りがあってはいけないと言う事で、調査を行うようになっている。



 と言うか、行う事とした。


 二度目となった大規模テロ事件。

 しかも今回はあらかじめ町に入った人間の支持で政権をひっくり返そうと言う、もし長期的な視点があったら成功していたかもしれないやり方。

 それこそ、この町を自分たちの色に染めてしまおうと言う事実上の乗っ取り行為。しかもその政策はかなり過激であり、もし実現したらこの町はこれまで積み上げて来た年月を否定するかのような攻撃的な町になってしまう。町内に男性やその手の女性を攻撃するアングラ施設は存在するが、あくまでも裏のエンタメ施設としての扱いに過ぎない。主に町にやって来たばかりだったりどうしても晴らしきれない苛立ちを抱え込んで人間たちが秘かに通ってはストレスを発散する、いうなれば必要悪のような施設だ。そんな存在をも廃止しては、それこそ住民たちは感情を発奮できる場所を失い最悪の形で破裂するかもしれない。


 それ以上に、新たな町長の方針もあった。




「この町は孤立してはいけない。人間が治めている事を忘れてはいけない」

 



 あまりにも脱俗、と言うか高尚気取りの存在。

 道路を敷き、ビルを建て、水道を組んだ人間の事を忘れてしまっている存在。


 そのような土臭さのない人間たちを、できる事ならば入れたくない。


 無論政治的思想信条により入町を拒否するなど論外だが、それでもこの町を三度テロ事件などに巻き込まないためには仕方がないのだろう。


 そのせいで、本当に救いを求めている人間を救えないかもしれないと思うと心苦しかった。



「本当に、さいてい、はかのこ、ためめす……」


 

 正道党事件で処刑された幹部たちの四文字名を口にしながら、下田はいら立ちを抑え込んだ。


 何が理想だ。何が解放だ。それなら自分たちでゼロからやれ、自分たちだってできたと言うのに。あらかじめ出来上がった存在を塗り替えようなど、傲慢なだけではないか。

 そんな傲慢な態度の女たちこそ、オトコたちにとって絶好の的。男とか女とか以前に、立派な人間であればいいだけのはずだ。なぜそれができないのか。

 自分たちこそが町を、いや世界を導けると思い込む。それこそ、もっとも男性的であると気付かないとなぜわからないのか。


「もしもし」

「移住を希望しているんですが……」

「はい、それで」

「お金が稼げる仕事は何でしょうか」

「そうですね、一番お金が稼げるのはゴミ回収業者、次がトイレ掃除、さらに道路工事などがいわゆる稼げる仕事です」

「就けるんですか」

「就職希望者も多く容易ではありません。で、そちらの経験は」

「数年ほどゴミ処理の仕事を……」

「わかりました、履歴書をよろしくお願いいたします」


 下田は安堵した。



 この町に必要なのは、こういう人間たち。

 別に即戦力と言う訳でもないが、少しでも俗物の要素を持った存在。


 四十年以上にわたる歴史の積み重ねは、夢を見させるには重すぎた。


 出来上がってしまった存在にどう適応するか、それが移住者たちにとって最も重要なスキル。




 それもまた、まごう事なき現実だった。

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