「おかけになった電話は……」
「おかけになった電話は……」
正確な電話番号を押したのに、反応はこれ。
文字通りの着信拒否であり、どの電話からかけてもつながらない。
水谷町長自ら市井を歩いては町民の携帯電話を借りて通話しようとした事もあったが、けんもほろろに口上が流れるばかりである。
「歴代町長を含む一同も必死にコンタクトを取ろうとしているのですが……」
「コンタクトとは寂しい言葉ですね」
「もう二十年近く切れていますからね」
電磁バリアや産婦人科などの創設に協力はしたが、それから後は勝手にさせてもらいますからとばかりに本来の請求額の倍の金を渡されて以降ほとんど連絡が取れていない。PCからのメールや手紙も梨の礫であり、今やアポイントメントはおろかコンタクトを取る事さえかなわなくなっている。
—————いや、実際にはコンタクトが全くない訳ではない。
※※※※※※
「私たちはもちろん、彼女たちの町の所在を知っています。その気になればいつでも行く事は出来ます」
「しかし行ったとしてもこちらの意見は通るのでしょうか」
「現状では極めて困難であると言わざるを得ません。実際、昨年度だけで与野党・民間問わず十三回の訪問記録があるのですが、町長を含む有力者に会えた例はゼロ、と言うか全て門前払いです」
この世界に二つしかない、女性だけの町。
それなのに、片方がもう一方を拒絶し続けている。
しかも、いろいろ学ぶべき先達を、後輩が無視し続けていると言う構図。
「向こうがこちらにコンタクトを求めて来る事は」
「ありません。いや全くない訳でもありませんが」
「あれをコンタクトと呼ぶのであれば……ですね」
それでも、決して完全没交渉と言う訳でもない。
たまに、向こうがコンタクトを求めては来る。
「真の女性だけの町とはどういう物か、私たちがご教授いたします」
—————こんな文面で。
しかもこれは最も短くかつ礼を兼ね備えた文であり、長い時だと原稿用紙二枚以上のそれが来る事がある。
「この二十年余りで第二の女性だけの町の政権は何回変わっているのです」
「十二年前に一回だけです。しかしその前の段階から全く同じ調子です。その政権交代の際には今こそ私たちの時代であるとか言う言葉を添えられてこのままでは第一の女性だけの町は滅んでしまうとまで」
「裏表なき本音なのでしょうね、いや真心と申し上げるべきかもしれません。
私を含む数名の議員の皆さんは、以前第二の女性だけの町へ招待された事があります」
招かれる事はある。
それこそ議員たちを集めて、第二の女性だけの町の視察として接待とでも言うべき形で招聘し、町中をバスで巡らされる形で。
それこそ町役場、病院、ジュエルドプリンセスと言う大規模アパレルショップ、管制塔と型を同じくする「電波塔」と専門職員、そしてやはり第一の女性だけの町と同じ型の産婦人科。
それと、地場産業とも言えるほどに発展した甘味と、酒造。
実際、第二の女性だけの町のケーキや酒は、第一の女性だけの町のそれに比べ値段も味も大きく勝っていた。ただ過当競争のきらいもあり、その手の企業の倒産も相次いでいるらしい。その問題について水谷らは質問されたが、彼女たちに言える事は何もなかった。
実際、この第一の女性だけの町でも、企業の倒産はある。いかにも女性向けのそれを当て込んだ店はこの数十年で潰れるか吸収合併されており、取り分けいかにも気取った女性向けのバーはそれこそ絶滅危惧種になっており、酒は居酒屋と言うのがこの町のスタンダードだった。
「この町になじみ切れない住民たちの受け皿になっているのでしょうか」
「なっています、と言わざるを得ません。この町の生活に耐えられず追放を望む人間は毎年います。その理由をまとめたデータがこちらにあるのですが」
水谷町長は重苦しそうな顔でフリップを出す。
もっと他の町が見たい 65.8→65.3→62.2(%)
男性に対しての嫌悪感が持てない 17.3→15.6→14.9
やり方が甘い 10.3→10.6→10.8
やり方が過激すぎる 5.3→5.8→6.0
その他 1.3→2.7→5.1
この町から追放を望んだ人間の動機を、二十年前・十年前・去年のそれと分けたフリップ。
二十年前と言えばそれこそ第三次大戦の傷跡がまだあった時期であり、JF党がこれまでの町のやり方を甘いと判断して対外的にも町内的にも強硬策を取ろうとして失敗した時期である。去年などそれから時が経ち事件もそれなりに風化している時分だったはずなのに、やり方が甘いと言う意見は一向に減らない。
「町内には常にもっともっとと求めている層がいます。これはこちらから見ても明らかです」
柔軟にすべき 5.8(%)
もう少し柔軟にすべき 13.6
このままでよい 44.8
もう少し強硬にすべき 17.7
強硬にすべき 6.0
わからない 10.1
無回答 2.0
「これが対外政策に対しての意見です。現状維持を望む町民は多いですが、強硬論を望む町民も決して少なくないのです。
ご存じの通りこの町は第二次産業・第一次産業に力を入れていますが、それは自活と言う面が大変大きく、男性に頼らない姿勢を目指している結果です。そしてその結果生まれた第三次産業の不満、それが過激派とでも言うべき存在の発生につながっていると言えます。実際、第三次産業従事者だけに絞った場合、もう少し強硬にすべき・強硬にすべきは30%を超えます。
そして追放希望者のうち高齢追放者を除く現役世代の追放者の内、七割が第三次産業従事者です」
当然だが、現状に満足している人間は政変など望まない。
だが二度にわたり過激派政党がテロを起こして自滅した以上、もうよほどの事がない限り期待はしずらい。それでも更なる変革の時代が来る際にはと夢を見るのは自由だが、中には見切りをつけてしまう人間もいるだろう。
「とは言え、放置はできません。必死に接触を図ろうと思います。
そのため、第二の女性だけの町との接触を図るための委員会を超党派で結成する事を提案いたします」
妹と言うか、子どもと言うか。
その存在を何とかして落ち着かせねばならない。
テロの痛みを受けたはずの第一の女性だけの町の住民は、さらなる問題と向き合わされていた。
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